要点

  • 2026年4月28日、東証は「『資本コストや株価を意識した経営』に関する要請のアップデート」を公表した。公式資料の中心語は「経営資源の適切な配分」である。
  • 2023年の要請は撤回されていない。資本コストと資本収益性を把握し、取締役会で分析し、計画を開示し、投資家との対話を踏まえて更新するという基本の流れはそのまま続く。
  • 変わったのは、評価の重心である。開示したかどうかだけでなく、成長投資、事業ポートフォリオ、保有資産、負債、株主還元をどう組み合わせ、企業価値向上につなげたかが問われるようになった。

2023年の要請から、2026年の更新へ

2023年の初回要請は、まず取締役会が資本コスト、資本収益性、市場評価を経営課題として扱うことを求めた。その後、東証は開示企業一覧表、好事例、投資家の目線とずれる事例、課題解決の過程を示す事例集を順に加えた。

2026年4月の更新は、この仕組みを別制度に置き換えるものではない。開示を出発点としながら、経営資源の配分が実際に変わったか、その結果が数値と説明に表れているかへと、焦点を一段深めたものである。

東証の正式名称は、「『資本コストや株価を意識した経営』に関する要請のアップデート」である。第27回フォローアップ会議では「4年目の取組み」として議論され、従来の要請を土台に、実行段階で重視すべき点が整理された。


更新の中心――経営資源の適切な配分

東証が改めて示したのは、資本コストを上回る収益性を継続して生むために、経営資源をどこへ配分するかという問いである。対象は現金だけではない。人材、研究開発、設備、知的財産、M&A、事業ポートフォリオ、負債、保有資産、株主還元を含む。

重要なのは、成長投資と株主還元を単純な二者択一にしないことである。資本コストを上回る収益が見込める投資には資金を配分し、見込めない投資は見直す。そのうえで、事業に必要な資金を超える部分について、負債返済や株主還元を検討する。どの選択肢も、価値創造への寄与を同じ基準で比較する必要がある。

東証の要請ページは、自社株買いや増配が有効な場合もあるとしつつ、それだけの対応や一過性の対応を期待するものではないと明記している。したがって、株主還元を増やした事実だけでは、経営資源の配分を見直した説明にはならない。


実行段階で問われる5つの論点

1. 過去に掲げた目標への進捗

2023年から2025年に開示したROE、ROIC、政策保有株式、キャッシュ配分などの目標に対し、実績がどう進んだかを示す。未達なら、原因を分析し、計画を維持するのか、修正するのかを説明する。目標を新しい数字に置き換えるだけでは、継続的な検証にならない。

2. 成長投資の判断基準

研究開発、人的資本、設備投資、M&A、無形資産への投資について、金額だけでなく、どの競争優位を強め、どの収益指標に結びつくかを示す。投資しない領域、撤退する領域も同時に示すことで、選択と集中の実態が伝わる。

3. 事業ポートフォリオの見直し

各事業について、資本コストを上回る収益性を将来にわたり実現できるかを評価する。見通しが立たない場合には、再建、追加投資、他社との提携、売却、撤退などを比較する。「全事業を成長させる」という説明では、資本配分の優先順位が分からない。

4. バランスシートの最適化

現預金、政策保有株式、遊休資産、不動産、投資有価証券、有利子負債を、貸借対照表の両側から点検する。必要な現金水準や負債余力を定量的に検討し、保有する理由を企業価値との関係で説明する。

5. 投資家との対話を反映した更新

投資家の意見をそのまま採用することが求められているわけではない。どの論点を取締役会で検討し、何を変更し、何を変更しなかったか、その理由を示すことが重要である。対話が経営判断にどう使われたかが、更新の質を左右する。


「実行」を示す開示の組み立て方

2026年以降の開示は、次の5章で構成すると読みやすい。

章 開示する内容
1. 現状と進捗 資本コスト、ROE・ROIC、市場評価、過去目標と実績、差異分析
2. 経営資源の配分方針 成長投資、M&A、人的資本、研究開発、設備投資、負債、株主還元の優先順位
3. 事業ポートフォリオ 事業別ROIC、資本コストを下回る事業への対応、売却・撤退・再投資の判断
4. バランスシート 必要現金、政策保有株式、非中核資産、負債余力、目指す資本構成
5. 対話と次の見直し 投資家からの主な論点、取締役会の検討、変更点、次回更新時期

この構成の利点は、施策を並べるのではなく、現状認識から判断、実行、検証までを一つの流れで示せることにある。コーポレート・ガバナンス報告書には要点を置き、詳細を中期経営計画や専用ページにリンクする方法も使える。


最初から完成形を求めているわけではない

2026年8月に東証が公表した機関投資家アンケートでは、まだ開示に踏み出せていない企業に対する「第一歩」も整理された。そこで多かった意見は、最初から精緻な数値目標や完成した行動計画を求めるものではない。

まず必要なのは、

  1. 資本コスト、ROE・ROIC、市場評価を分析し、経営者としての現状認識を示すこと。
  2. 改善の方向性と、経営トップの取組む意思を示すこと。

である。

これは、更新後の期待が一律に高度な財務モデルを求めているわけではないことを示す。重要なのは、会社が課題を認識し、取締役会で議論を始め、次の検討時期を明らかにすることだ。その後、対話と実行を通じて精度を上げていけばよい。


2026年8月に加わった「進展」の可視化

東証は2026年、国内外の機関投資家に対し、「取組みの進展が見られる企業」を尋ねるアンケートを実施し、企業名と評価コメントを公表した。これにより、開示の有無だけでなく、投資家が実際に進展を認めた企業も可視化されるようになった。

開示企業一覧表が「取組みに着手したか」を示すのに対し、この新しい一覧は「取組みが前へ進んでいると投資家が評価したか」を示す。両者は公式な格付けではないが、IR実務では自社と同業他社の進捗を比較する材料になる。

同じ2026年の投資家アンケートでは、成長投資の意思決定、事業ポートフォリオの抜本的な見直し、保有資産の最適化、取締役会の実効性、対話と開示の継続性などが、今後さらに改善を期待する論点として挙げられた。更新の焦点が、単なる開示量ではなく経営そのものに移ったことが分かる。


IRにとっての含意

  1. 2023年以降の約束を一覧にする。 ROE、ROIC、投資額、政策保有株式、還元方針など、過去に公表した目標と実績を一つの表にまとめ、未達項目を消さずに説明する。
  2. 資本配分を一枚の図で示す。 成長投資、M&A、人的資本、研究開発、設備投資、負債返済、株主還元を同じ期間・同じ単位で示し、優先順位を説明する。
  3. 事業別の判断を曖昧にしない。 資本コストを下回る事業について、改善期限と判断基準を置く。再建、提携、売却、撤退のどこまで検討しているかを取締役会と共有する。
  4. バランスシートの目標像を言葉にする。 必要現金、適正な負債、政策保有株式、非中核資産の方針を別々に書くのではなく、目指す資本構成として統合する。
  5. 更新理由を開示する。 前年から変えた指標や施策には、実績、事業環境、投資家との対話のどれが理由だったかを添える。

出典・参考資料


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