開示から実行へ ― 2026年4月「更新」が変えたもの

要点

  • 2026年4月28日、東証は正式に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応等に関する要請の更新」――通称行動計画2.0――を、「フォースイヤーに向けた取組」文書とともに発出した。更新は期待水準を「施策を開示せよ」から「実行と進捗を示せ」へと移した。
  • 東証自身がこう述べている:「株主還元の充実のような取組みやすい施策では進捗が見られる一方、多くの投資家が重要課題と見る領域――事業ポートフォリオの見直し、経営資源の再評価、最適バランスシートの検討――では十分な進捗が得られていない」
  • マクロ背景が転換の背景を語る:2024年の自社株買い発表額18兆円(前年比倍増)、2023年度の政策保有株式売却3兆6,900億円(前年比+86%、約250億ドル相当)、2024年のアクティビストキャンペーン108件。簡単なレバーは動いた。難しいレバー――ポートフォリオ、成長投資、バランスシート――が次のフロンティアである。

全体の弧 ― ワンタイムラインで

timeline
    title 2023年3月 → 2026年4月:三段階の弧
    2023年3月 : 初回要請
              : 「施策を開示せよ」
              : プライムの約半数がPBR1倍割れ
    2023年10月〜2024年1月 : 月次開示企業リスト開始
                          : 銀行業が98.5%でトップ
                          : プライム1ヶ月目で49%→54%
    2024年2月 : 「ポイントと事例」冊子
              : 好事例55社を名指し
    2024年8月 : 「今後の取組」文書
              : 量ではなく質
    2024年11月 : 「乖離事例」冊子
               : 典型的失敗類型10件
    2025年1月 : 「検討中」6ヶ月ルール
              : 無期延期の抜け穴を塞ぐ
    2025年3月 : プライム開示率90%突破
              : 2024年の自社株買い発表約18兆円
    2025年12月 : 「課題解決に向けた取組事例集」
               : 「何を言うか」から「何をしたか」へ
    2026年4月 : 「要請の更新」(行動計画2.0)
              : 「フォースイヤーに向けた取組」
              : 第27回フォローアップ会議
              : 開示から実行への転換

弧の形は明確だ。第1段階(2023年)――開示期待を確立。第2段階(2024年)――質的ベンチマーク(好事例)と質的警告(乖離事例)を公表。第3段階(2025年)――執行上の抜け穴を塞ぎ、プロセス実装事例を浮上させる。第4段階(2026年)――水準を開示品質から実行成果へと転換。

本稿が解きほぐすのはこの第4段階である。


2026年4月28日に何が変わったか

2026年4月の更新は短く――英語版PDFで10ページ未満――内容は置換ではなく再構成として読める。2023年3月の初回要請は撤回も上書きもされず、5段階PDCAは引き続き適用される。更新が加えるのは、第二の3年サイクルに向けた鋭利化された期待セットである。

実質的に強調された4点:

1. 開示だけでなく実行と進捗を。更新は「開示したか?」から「実行し、進捗を測定可能か?」へと水準を明示的に移した。2023〜2024年に実質的開示を行った企業は、2026〜2028年に、自ら掲げた目標とKPIに対する進捗を示すことが期待される。進捗を伴わない更新――それ自体が新たな失敗類型となる。

2. 受動的な株主還元ではなく、成長投資。これが最も鋭利な再構成である。更新はR&D、人的資本投資、設備投資、無形資産を自社株買いと増配の上に明示的に位置づけた。理由は実証的だ――マクロ統計が示すように、簡単なレバー(還元)は積極的に動いたのに対し、難しいレバー(成長投資)はあまり動いていない。東証は次の3年でこのバランスを正したいと考えている。

3. 事業ポートフォリオの見直し。更新は事業ポートフォリオの見直し経営資源の再評価を、難しいレバーの優先項目として指摘する。実務的にはこういうことだ:どのセグメントがROIC>WACCで、どれがそうでなく、後者について会社は何をしているのか。ポートフォリオレビューは会社レベルROEを実質的に動かす可能性が最も高いレバーであり、歴史的に日本企業が引くのに最も遅いレバーでもある。

4. 最適バランスシート。第4の強調点は最適バランスシートの検討――政策保有株式(テーマ5.2)、過剰現金、不動産保有、上場子会社構造(テーマ5.3)を含む。政策保有株の解消が目玉事例となっている(2023年度に3兆6,900億円売却、前年比+86%――2019年度の開示開始以来の最高)が、対象はそれより広い。バランスシートの各行は、価値創造への貢献によって正当化されなければならない。

第五の、やや目立たないが重要な強調点は中長期投資家との対話深化である――資本コスト対話の相手は短期トレーダーではなく、忍耐強いロングオンリーであるという明示的認識である。


マクロ背景 ― 簡単なレバー対難しいレバー

更新は理論から生まれたものではない。2023〜2025年の日本企業に観察された定量的パターン――簡単なレバーは速く、難しいレバーは遅く動いた――への応答である。

簡単なレバー(積極的に動いた):

  • 2024年の自社株買い発表額:18兆400億円(約1,200億ドル)――2023年の9兆5,700億円からほぼ倍増
  • 2024年の事業会社による日本株純買入額:約7兆9,000億円(約500億ドル)――日本企業は日本株の単独最大の純買い手だった。
  • 2025年4〜12月の自社株買い設定額:14兆2,000億円――年間20兆円超のもう一つの過去最高更新ペース。
  • 2023年度の政策保有株式売却:売買代金3兆6,900億円(約250億ドル相当)、前年比+86%――2019年度の開示開始以来の最高(出典:日経アジア)。

難しいレバー(遅れている):

  • プライム市場の集計ROEは改善しているが、PBRほど改善していない――PBRはインデックス全体の上昇によって部分的に押し上げられている。更新自身がROEは「同程度の改善は見られていない」と明記する。
  • R&Dと設備投資の集中度:日本企業の現金保有は国際標準で見ても高水準にとどまり、再投資比率は実質的に変化していない。
  • 事業ポートフォリオレビュー:総合商社コーホート以外では、セグメント単位の処分と再投資は限定的である。

更新は、要するに東証がこう言っているのだ――「開示フェーズは機能した。自社株買いフェーズも機能した。次の3年は、より難しく、より遅い仕事である」。


アクティビスト背景 ― 転換の時宜

更新は前例のないアクティビスト活動水準にも背景づけられている:

  • 2024年の日本でのアクティビストキャンペーン108件――2018年比+74%の過去最高(Diligent Market Intelligence)
  • 2024年の投下資本約66億ドル(ジャパンタイムズ、2024年12月)
  • バフェットのバークシャー・ハサウェイ5大総合商社(伊藤忠、丸紅、三菱、三井、住友)の保有比率を2025年3月までに各社10%近くまで引き上げ
  • 象徴的事例:DNP(2023年2月、エリオット対応で3,000億円自社株買い、時価総額の30%)シチズン時計(2023年2月、22%自社株買い、公的アクティビストなし)住友不動産(エリオット、2024年)東京ガス(エリオット、2024〜25年)東京メトロIPO(3,486億円、2024年10月上場初値+47%)豊田自動織機の非公開化(2026年3月、エリオットと和解、330〜380億ドル規模)

アクティビストの急増は、2023〜2025年に構築された開示インフラ――月次リスト+好事例+乖離事例――の帰結でもある。これらはアクティビストに対し、規制当局承認済みの対話枠組みを提供した。7つの落とし穴の自己診断(Post 4.4)を通過できないプライム発行体は、ほぼ定義上、資金化可能なキャンペーン対象となる。

更新はこの状況を暗黙のうちに織り込んでいる。自社のコミットメントに対する真の実行を示す企業は脆弱性が低く、初期サイクルのコンプライアンス以降に紋切り型へ後退する企業は脆弱性が高い。評判の圧力、アクティビストの圧力、規制期待――三つの方向性が今や同じ方向に揃っている。


「フォースイヤー」文書 ― 実行とはどのようなものか

更新と並んで東証は「フォースイヤーに向けた取組」を公表した。実行の証拠として何が期待されるかを規定する文書である。更新とフォースイヤー文書を統合すると、2026〜2027年の実行グレードの開示は次を含むべきだ:

A. 過去目標に対する進捗

2023〜2024年の開示でコミットした各KPI(ROE、ROIC、エクイティ・スプレッド、配当性向、政策保有株比率など)について、目標・現状水準・軌道・計画から乖離した場合の差異分析を示す。未達目標は黙って付け替えたり削除したりせず、修正計画とともに承認すべきだ。

B. 資本配分の内訳

中計期間にわたる資本配分の内訳:成長capex、R&D、M&A、人的資本投資、配当、自社株買い、債務返済。各々の相対比重と論拠を明確にする。円グラフが自社株買いと配当に支配されている会社は、新フレーミングの下で投資家のプッシュバックを覚悟すべきだ。

C. 事業ポートフォリオレビューの証拠

セグメント別ROIC対WACC、WACC未満セグメントの特定、経営陣の明示的アクション宣言:回復投資、再構築、売却、容認(理由付き)のいずれか。総合商社コーホートと日立がこの領域の規範的開示企業である。

D. バランスシート最適化の証拠

政策保有株式比率(スチュワードシップ・コードと東証開示規範に沿って)、過剰現金の正当化、不動産フットプリント、該当する場合の上場子会社構造。各行を価値創造への貢献に紐づける。

E. 対話サマリー

中長期投資家から前年に提起された主要論点のサマリーと、それを踏まえて開示あるいは戦略がどう改訂されたか。これはPDCAステップ5(対話に基づく見直し)を運用化する。

A〜E全てを含む開示が、東証のフォースイヤー文書が実行グレードと見なすものである。A・Bだけの開示は、「進捗のない初期サイクルコンプライアンスの繰り越し」と評価されるリスクがある。


第27回フォローアップ会議(2026年4月7日)

転換はフォローアップ会議でも可視化された。2026年4月7日の第27回会議で、会議は「開示から実行へ」のフレーミングを公式採択し、その3週間後の発出に向けて更新をキューに置いた。会議の公表資料は理由を明確にしている――開示率はプライム約93%で頭打ちになり、簡単なレバーは引き尽くされ、次のフェーズは資本配分の実質的変化を巡る勝負である。

会議はまた、ソフト執行インフラが引き続き機能することを再確認した:

  • 月次開示企業リストは継続、2025年1月以降の「検討中」6ヶ月上限とともに
  • 好事例追加は継続(2025年12月に「課題解決」カテゴリ追加)
  • 乖離事例集は実行水準を反映して改訂予定
  • 投資家ヒアリングは継続(2025年後半改訂版で400社超の投資運用会社の意見が引用された)

メカニズムは不変、変わったのは水準である。


「実行グレード」とはどのようなものか ― 事例で

2025年後半から2026年初頭にかけて、実行グレードとして最も頻繁に引用される企業群:

  • 日立(6501) ― セグメント別ROICツリー、明示的WACC、WACC未満事業の売却、IT/Lumadaへの成長投資。2019年以降の規範的事例
  • 丸井グループ(8252) ― 要請の10年以上前からEVA/ROIC開示。小売セクターのベンチマークを引き続き設定
  • 旭化成(3407) ― FY2027 ROE9%/ROIC6%、FY2030 ROE≧12%/ROIC≧8%の足元中計、セグメント別分解付き
  • 三井物産(8031)とより広い総合商社コーホート ― セグメント別ROIC、成長投資と株主還元の明示的トレードオフ、ポートフォリオ合理化を伴う持続的自社株買い
  • タダノ(6395) ― 2026年目標:ROIC8.0%、ROE9.5%、配当性向30%――地域・製品別に分解
  • ヤマハ発動機(7272) ― 3年平均ROE/ROIC/ROA目標14%/8%/9%、セグメント別運用ドライバー付き

これらの開示企業はすべて同じ構造的特徴を共有する:明示的なWACCとrE、セグメント別リターン、過去コミットメントに対する進捗、明示された資本配分の優先順位。いずれもPBRを目標として位置付けていない。すべて評決として扱っている。


IRにとっての含意

  1. 2026年の開示はコミットメントではなく進捗を中心に再構成せよ。2023〜2024年の開示で目標を述べたなら、2026年の開示はそれに対する報告でなければならない。未達は黙って言い換えるのではなく、認め、説明する。これが新水準の最大の変化点である。
  2. CG報告書サイクルに5セクション(A〜E)構造を組み込め。進捗、資本配分、ポートフォリオレビュー、バランスシート、対話。各セクションは2026年後半の開示サイクルでセクション見出しとなる。省略されたセクションはフラグが立つ。
  3. 資本配分の円グラフを点検せよ。自社株買いと配当が支配的要素なら、ミックスを防御するか、再バランスする準備をせよ。更新は新水準が成長投資を優位に置くことを明示している。
  4. WACC未満のセグメントを特定し、判断せよ。投資家は問う。信頼に足る答えは4つしかない――回復投資、再構築、売却、容認(理由付き)。「検討中です」は新フレーミングの下で許される答えではない。
  5. アクティビスト環境を実行圧力ケースとして扱え。2024年の108件キャンペーンは実証的なフロアである。更新はステークを高めた。7つの落とし穴自己診断を通過し、実行グレード開示を出す会社は免疫を持つわけではないが、そうでない会社よりも実質的に脆弱性が低い。

出典・参考資料

一次資料 - 「要請の更新」ニュースリリース(2026年4月28日):https://www.jpx.co.jp/news/1020/20260428-01.html - 「要請の更新」PDF:https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/uorii50000004sse-att/vk0khi000001czd0.pdf - 「フォースイヤーに向けた取組」PDF:https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/b5b4pj000004yqcc-att/vk0khi00000151mi.pdf - 東証ニュースリリース(2026年4月7日)第27回フォローアップ会議:https://www.jpx.co.jp/news/1020/20260407-01.html - 東証「今後の取組」(2024年8月30日)初期の質的転換:https://www.jpx.co.jp/news/1020/20240830-01.html - 東証ニュースリリース(2025年12月26日)「課題解決に向けた取組事例集」:https://www.jpx.co.jp/news/1020/20251226-01.html

補足資料 - 「開示の状況」(2026年3月13日):https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/uorii50000004sse-att/dh3otn0000006l3i.pdf - 「ポイントと事例」(2024年2月、PDF):https://www.jpx.co.jp/news/1020/u5j7e50000001bqd-att/240201en.pdf - 「ポイントと事例」改訂版(2025年後半、PDF):https://www.jpx.co.jp/news/1020/vk0khi000000gi14-att/vk0khi000000gi4d.pdf - 第一生命経済研究所(2024年11月):https://www.dlri.co.jp/report/macro/202411YK.html - Harvard Law CGIコメンタリー(2025年10月21日):https://corpgov.law.harvard.edu/2025/10/21/tokyo-stock-exchange-initiative-on-cost-of-capital-and-stock-price-conscious-management/ - ジャパンタイムズ「アクティビスト投資家、66億ドル投下」(2024年12月):https://www.japantimes.co.jp/business/2024/12/17/economy/activist-investors-japan/ - CNBC「バフェット、5総合商社の保有を各社約10%へ引き上げ」(2025年3月):https://www.cnbc.com/2025/03/17/buffett-hikes-stakes-in-five-japanese-trading-houses-to-almost-10percent-each.html - 旭化成 中計:https://www.asahi-kasei.com/jp/company/strategy/ - 三井物産CFO持続可能なROEに関するコメンタリー:https://www.mitsui.com/jp/ja/ir/meeting/investorday/2024/transcription_article/cfo.html


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