要点 - 日本初のコーポレートガバナンス・コードは2015年3月5日に公表され、同年6月1日に施行された。原則主義のソフトロー(soft law)であり、東証の上場契約を通じて運用される。法律ではない。 - コードは5つの基本原則、30の原則、38の補充原則(計73項目)で構成され、項目ごとに「Comply-or-Explain(順守または説明)」の二者択一を求める。 - 2015年版が導入した数値基準の下限は、東証1部・2部上場会社に対する独立社外取締役2名以上。日本の上場規則に独立性に関する数値要件が組み込まれたのはこれが初めてである。
コードの源流
2015年版コードは突然現れたわけではない。これはアベノミクス「第三の矢」の企業統治改革の一翼であり、2014年6月の『日本再興戦略』改訂で正式に方針として位置づけられた。狙いは、長期的な株主価値に対する取締役会の説明責任を強化することで、日本企業の慢性的な資本効率ギャップを縮めること。手法として選ばれたのは、米国型のルールベース上場基準ではなく、英国型の原則主義コードであった。
策定はコーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議に委ねられ、座長は慶應義塾大学の池尾和人教授(経済学・金融論)が務めた。金融庁と東証が共同事務局、OECDからも顧問が参加した。メンバー12名はステークホルダー別にバランス良く構成された。
- 経済界 4名
- 投資家サイド 4名
- 法学研究者 1名
- 実務法曹 1名
- 会計専門家 1名
- 監査役協会 1名
投資家側に重きを置き、発行体寄りに偏らない構成は、日本の上場会社向け自主規制の歴史の中では異例である。会議は2014年8月に初会合を開き、同年12月に『コーポレートガバナンス・コード ― 会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上のために』と題する原案を公表してパブコメに付し、10か月足らずで最終案をまとめた。
コラム ― なぜ英国型を選んだのか 世界中のComply-or-Explain型コードの知的源流は、1992年の英国キャドバリー報告書である。日本は意図的に、訴訟リスクの高い米国型ルールベース上場基準ではなくキャドバリー型を採用した。発行体ごとの事情に応じて柔軟に運用させる狙いと、法改正を経ずに条文を改訂できる軌道に乗せる狙いがあった。コード前文は明示的に「各社の置かれた状況に応じて実効的なコーポレートガバナンスを実現できるよう、原則主義のアプローチを採る」と記している。
5+30+38の構造
2015年版コードは3層構造で書かれている。基本原則5つが憲法的な階層で、上場会社の取締役会に何を期待するかを短く公理のように述べる。その下に位置づけられる原則が、それぞれの基本原則を運用レベルに落とし込み、さらに必要な箇所には補充原則が個別の開示・プロセス要件を細部まで規定する。
flowchart TD
Code["コーポレートガバナンス・コード<br/>(2015) 全73項目"]
GP1["基本原則1<br/>株主の権利・<br/>平等性の確保"]
GP2["基本原則2<br/>株主以外の<br/>ステークホルダーとの<br/>適切な協働"]
GP3["基本原則3<br/>適切な情報開示と<br/>透明性の確保"]
GP4["基本原則4<br/>取締役会等の<br/>責務"]
GP5["基本原則5<br/>株主との対話"]
Code --> GP1
Code --> GP2
Code --> GP3
Code --> GP4
Code --> GP5
GP1 --> P1["原則7本<br/>(1.1〜1.7)"]
GP2 --> P2["原則5本<br/>(2.1〜2.5)"]
GP3 --> P3["原則2本<br/>(3.1〜3.2)"]
GP4 --> P4["原則14本<br/>(4.1〜4.14)"]
GP5 --> P5["原則2本<br/>(5.1〜5.2)"]
P1 --> SP["補充原則38本<br/>(運用詳細)"]
P2 --> SP
P3 --> SP
P4 --> SP
P5 --> SP5つの基本原則を一文ずつ要約すると、次のようになる。
| # | 基本原則 | 取締役会に求められる内容 |
|---|---|---|
| 1 | 株主の権利・平等性の確保 | 株主、とりわけ少数株主・外国人株主の権利を守り、実質的な平等を確保する。 |
| 2 | 株主以外のステークホルダーとの適切な協働 | 従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会などステークホルダーの権利・立場を尊重する企業文化と倫理観を醸成する。 |
| 3 | 適切な情報開示と透明性の確保 | 法定・非法定の双方について、正確で分かりやすい情報を適時に開示する。 |
| 4 | 取締役会等の責務 | 戦略の方向づけ、経営の監督、適切なリスクテイクの確保、社外取締役による監督機能の発揮といった取締役会本来の責務を果たす。 |
| 5 | 株主との対話 | 株主総会の場以外でも、株主と建設的に対話する。 |
この構造で実務上重要な点は2つある。第一に、原則・補充原則のすべてに番号が付されていること(例:原則4.7、補充原則4.11.1)。コーポレートガバナンス報告書の開示テンプレートも、この番号体系に従って原則ごとに対応状況を記す。第二に、東証1部・2部の発行体は基本原則だけをComply-or-Explainの対象とすることは認められず、73項目すべてについて個別に対応を表明しなければならない。マザーズ・JASDAQ上場会社は、軽量版として5つの基本原則のみを対象とする扱いが認められていた。
2015年版コードの中身
基本原則5から代表的な一節を引くと、コードの語り口がよく分かる。
「上場会社は、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである。その際、経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに……」 ― コーポレートガバナンス・コード(2015年版)基本原則5
この一文は多くの仕事をこなしている。IRの対話責任を取締役会レベルの問題と位置づけ、社外取締役を対話の当事者に明示的に含め、そして取締役会に「耳を傾ける」ことを義務づけている。後の改訂で、この文言はスチュワードシップ・コードと結びつく接続組織となっていく。
2015年版コードはまた、それ以前には存在しなかった数値の錨を打ち込んだ。
「上場会社は、独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきである……業種・規模・事業特性・機関設計・会社をとりまく環境等を総合的に勘案して、自主的な判断により、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社は、上記にかかわらず、そのための取組み方針を開示すべきである。」 ― コーポレートガバナンス・コード(2015年版)原則4.8
この「独立社外取締役2名以上」の下限が、何よりも内部者で固められた日本型取締役会の長い伝統を打ち破る一線となった。
Comply-or-Explainの仕組み
このコードは法律ではなく、東証有価証券上場規程第436条の3と、発行体が結ぶ上場契約によって運用される。開示の媒体はコーポレートガバナンス報告書であり、所定のテンプレートに従って機械可読の形で東証に提出することが、すべての国内上場会社に義務づけられている。重要なガバナンス事項に変更があれば、その都度更新する。
会社に適用される個々の原則・補充原則について、発行体は項目ごとに次の二択を行う。
- Comply(順守) ― その原則を順守していることを、可能な限り具体的な裏付け開示とともに確認する。
- Explain(説明) ― 順守しない理由を、合理的かつ公開検索可能な形で説明する。
両者の法的地位は同等であり、説明を選んだことに対する罰則は存在しない。説明の質を行政が事前審査することもない。規律はあくまで市場側、すなわち議決権行使助言会社(Glass Lewis、ISS)、国内のスチュワードシップ責任を負う投資家、対話レター、株主総会の議決結果から働く。東証の「コーポレート・ガバナンス情報サービス」ポータルは、任意の原則について全発行体の対応状況を検索可能にしており、弱い説明は文字どおり可視化される。
コラム ― コードと会社法は別物 IR担当者は、コードの条項を「法的義務」と説明してはならない。コードは金融商品取引法の外にあり、会社法の外にもある。説明もないまま原則に違反することは上場契約違反であり、東証の処分対象にはなり得る。しかし民事・刑事責任には直結しない。法的な床は会社法であり、コードはその上にあるソフトローの天井である。
適用関係 ― 誰が何をするのか
| 発行体の区分(2015年時点) | Comply-or-Explainの対象 |
|---|---|
| 東証1部 | 全73項目(基本原則5+原則30+補充原則38) |
| 東証2部 | 全73項目 |
| マザーズ | 基本原則5のみ |
| JASDAQ | 基本原則5のみ |
この階層的な適用関係は意図的なものである。1部・2部レジームはロンドン証取(LSE)プレミアム上場のComply-or-Explainを範としており、マザーズ・JASDAQの軽量版は、新興企業に取締役会構成のコスト負担を強いることを避ける配慮であった。両極ともに、2022年4月の市場区分再編で姿を変えるが、これはTheme 3で詳述する。
IR実務への含意
- 原則番号を覚える。 海外投資家から「御社の取締役会はCEO後継者計画にどう関与しているか」と問われた場合、答えるべきは補充原則4.1.3である。コード自身の番号で語ることが、流暢さのシグナルになる。
- コードの適用関係表に照らしてCG報告書を点検する。 国内上場会社はすべてCG報告書を一つ保有している。報告書の第II部に並ぶ原則ごとの対応の選択は、ガバナンス開示の中で最も読まれる部分である。記載が意図どおりになっているか、必ず確認する。
- 「Comply」と「Explain」を意図的に書き分ける。 「原則4.8を順守している」とだけ書いた弱いComplyは、強いExplainより劣ることが多い。原則を満たせていない場合は、能動態で、日付の入った見通しとともに説明する。コードの仕組みが報いるのはそういう書き方である。
- 下にある法律レイヤーを忘れない。 海外投資家から「これは法的義務か」と問われたら、答えは「いいえ」である。ただしソフトローの帰結 ― 議決権行使、対話、上場契約上の地位 ― は現実に存在し、年々重みを増している。
- CG報告書は「生きた文書」として扱う。 年次サイクルで動くのではなく、重要事項に変更があれば随時更新する。東証検索ポータル上のバージョンが、対外的なガバナンスの顔である。有価証券報告書と同等の規律で運用すべきである。
出典・参考資料
- 金融庁 ― コーポレートガバナンス・コードに関する有識者会議: https://www.fsa.go.jp/singi/corporategovernance/index.html
- 金融庁 ― 日本のコーポレートガバナンス・コード(2015年6月策定): https://www.fsa.go.jp/news/27/singi/20150305-1.html
- ECGI ― 2015年6月1日施行の英語版テキスト(英語版): https://www.ecgi.global/sites/default/files/codes/documents/japan_cg_code_1jun15_en.pdf
- 日本取引所グループ ― コーポレートガバナンス: https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/index.html
- 日本取引所グループ ― コーポレート・ガバナンスに関する報告書の記載要領: https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/01.html
- 日本取引所グループ ― コーポレート・ガバナンス情報サービス: https://www2.tse.or.jp/tseHpFront/CGK010010Action.do
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