要点 - 2018年改訂は2018年6月1日に確定し、「資本コスト」という語が日本の上場ソフトローに初めて登場した瞬間である(原則5.2)。 - 政策保有株式(原則1.4)、CEO後継者計画(補充原則4.1.3)、企業年金のスチュワードシップ(原則2.6)が新規導入または書き換えられた ― 形式から実質への転換である。 - 改訂と同時に、まったく新しい補完文書として『投資家と企業の対話指針』が公表され、スチュワードシップ・コードとCGコードに共通の対話アジェンダが与えられた。
フォローアップ会議への移行
2018年までに、コードの策定主体は入れ替わっていた。2015年版を作った有識者会議は、その常設後継体であるスチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(通称「フォローアップ会議」)に引き継がれた。金融庁と東証の共同の場であり、その制度設計上のポイントは2015年以降の日本のガバナンス改革を理解する鍵そのものである ― すなわち、両コードを同じ主体が所管し、両者を連動させて改訂するという枠組みである。
2015年の『日本再興戦略』改訂で「車の両輪」と表現されたこの設計のもとでは、2018年のCGコード改訂を単独で見ることはできない。改訂と並行して新規に公表された『投資家と企業の対話指針』(通称「対話指針」)が、スチュワードシップ責任を負う投資家と上場会社の双方に共通する対話アジェンダを示した。CGコード改訂は発行体側の床を、対話指針は投資家側の床をそれぞれ押し上げる。両輪が同時に回る構造である。
コラム ― なぜ2018年だったのか 2015年版コードを書いた有識者会議は、実質的な内容についてあえて踏み込みを抑えていた。「まず発行体に形を整えさせる」という政治的合意があったからである。2018年時点で金融庁は、形式は定着した(独立社外取締役比率は上昇し、CG報告書も提出されている)ものの、実質が追いついていないと判断した。そこで2018年改訂は、コードを「拡大ではなく深化」させるものと位置づけられ、資本効率、政策保有株式、後継者計画、アセットオーナーをComply-or-Explainの網に初めて取り込んだ。
4つの実質的な変化
2018年改訂は5+30+38の構造そのものを大きく動かしたわけではない(補充原則がいくつか追加・書き換えられた程度)。動いたのは特定の4項目の実質である。下表に主要な4つの変化を並べる。
| 論点 | 2015年版(既存の文言) | 2018年版(追加・書き換え) |
|---|---|---|
| 資本コスト | コード本文のどこにも「資本コスト」の言及なし。原則5.2は「経営戦略・経営計画」を一般的に述べるにとどまる。 | 原則5.2を全面改訂。「経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては……自社の資本コストを的確に把握した上で、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示」する旨を明記。日本のComply-or-Explainソフトローに「資本コスト」の語が登場したのはこれが初めて。 |
| 政策保有株式 | 原則1.4は政策保有に関する「方針」の開示と、保有の合理性についての取締役会の年次検証を求めていた。縮減方針の要求も、取引行動に関する規律もなかった。 | 原則1.4を拡張。政策保有株式の方針(縮減方針を含む)を開示し、取締役会は個別銘柄ごとに、中長期的な経済合理性と便益・リスクが資本コストに見合うかを毎年検証することが求められる。補充原則1.4.1を新設し、保有先(政策保有株主)が売却の意向を示した際に、発行体がそれを妨げる行為(取引縮減の示唆など)を明示的に禁止した。 |
| CEO後継者計画 | 補充原則4.1.3は存在したが、後継者育成について短く触れる程度。実務上は現経営トップの専権事項であった。 | 補充原則4.1.3を全面改訂。「取締役会は……会社の経営戦略に照らして、ふさわしい人物がCEOに就任できるよう、CEOの後継者の計画について適切に監督を行うべきである……後継者候補の育成が、十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、しっかりと監督を行うべき」と明記。後継者計画は明示的に取締役会の責務となった。 |
| アセットオーナー(企業年金) | 企業年金に関する言及なし。 | 原則2.6を新設。「上場会社は、自社の企業年金が運用機関に対して実効的なスチュワードシップ活動を行うこと等を含め、企業年金の積立金の運用が、従業員の安定的な資産形成や自社の財政状態に影響を与えることを踏まえ、企業年金の運用が専門性を持って行われるよう、運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの母体企業として行うべき人事面や運営面における取組み……を実施するとともに、そうした取組みの内容を開示すべき」とした。スチュワードシップの輪がアセットオーナーレベルで初めて閉じた瞬間である。 |
このうち歴史に残るのは資本コストの変更である。2018年以前、「資本コスト」はCFOの経営計画室で交わされる言葉ではあっても、Comply-or-Explainの開示文書に登場する語ではなかった。2018年以降、東証1部・2部のすべての発行体は、資本コストを把握し、それに照らした資本効率目標を設定したと記載するか、なぜそれをしていないかを説明するか、いずれかを公の場で明らかにすることになった。2018年原則5.2から、2023年3月の東証の要請(「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」、Theme 4で扱う)に至る一本の線は、まさに直線である。
コードが資本コストについて述べたこと
「経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。」 ― コーポレートガバナンス・コード(2018年版)原則5.2
政策保有株式については、次のように言う。
「取締役会は、毎年、個別の政策保有株式について、保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクが資本コストに見合っているか等を具体的に精査し、保有の適否を検証するとともに、そうした検証の内容について開示すべきである。」 ― コーポレートガバナンス・コード(2018年版)原則1.4
ここで2015年版にはない仕事が起きている ― 政策保有の検証を資本コストに明示的に結びつけたことである。原則5.2で会社がたった今特定するよう求められたばかりの割引率と同じ数値が、個々の政策保有株式を毎年取締役会で測るハードルとなる。
対話指針
2018年改訂と同時に公表された対話指針は、コード本体には含まれないが、実務上は不可分の文書である。約5ページの短いもので、金融庁がスチュワードシップ責任を負う投資家と発行体の対話で扱うべきとする論点を列挙している。テーマは5つ ― 経営戦略・資本政策、取締役会の独立性と構成、指名・後継者計画、報酬、株主との対話。
コラム ― なぜ「コード」でなく「指針」なのか 対話指針は、Comply-or-Explainの仕組みを伴わない形で、あえてコードの外側に置かれた。これは、対象が発行体と投資家の双方に及ぶためである。Comply-or-Explainレジームは買い手側を直接拘束することができない。これに対し指針は、双方の共通基準として機能できる。
取締役会構成への期待強化
これに加えて重要な変更が2点ある。原則4.8が強化され、会社は「業種・規模・事業特性・機関設計・会社をとりまく環境等を総合的に勘案して、自主的な判断により、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社」については、その旨を踏まえた取組みを行うことが期待されるようになった。2015年の「2名以上」という下限はそのままに、「3分の1以上」というソフトターゲットがComply-or-Explainの対象として初めて入った。
補充原則4.10.1は、取締役会自体が独立社外取締役を過半数としていない場合、独立性のある指名委員会・報酬委員会等(その委員会は独立社外取締役を主要な構成員とする)を任意で設置することを求めた。これは、日本の上場企業群を任意の指名・報酬委員会の設置へと押し動かす、最も強力な政策レバーとなった。
市場の反応
東証の遵守状況データ ― 『コーポレートガバナンス白書』および2019年2月の中間ブリーフ ― は摩擦をリアルタイムで映し出した。2018年12月31日時点で、東証1部上場会社の18.1%が全原則の完全コンプライアンスを表明し、85.3%が全原則の90%以上について順守していると表明した。しかし新規・改訂された原則については遵守率が10ポイント以上低下した。すなわち、1部上場会社の10社に1社以上が、新たに厳格化された原則の少なくとも1つで「順守」から「説明」へと姿勢を切り替えたことになる。これは設計どおりの摩擦である。
IR実務への含意
- 資本コストに関する記述はすべて原則5.2に紐づける。 WACC、ROIC、エクイティ・スプレッドを投資家と議論する際は、Comply-or-Explainの根拠を明示する。マーケティング上の付け足しではなく、コードに構造的につながった開示であることが伝わる。
- 政策保有株式の記述はCG報告書の最も精査される一頁と心得る。 原則1.4と補充原則1.4.1は国内のスチュワードシップ責任を負う投資家から最も集中的に対話を受ける項目である。縮減方針、取締役会の年次検証、当期の売却実績 ― この順で開示する。
- 後継者計画は、目下交代の予定がなくとも文書化する。 補充原則4.1.3は、計画の所有者は取締役会だと明示している。CG報告書第II部に、取締役会の検討頻度、選定基準、指名委員会等の役割を短く記すことが、強い実務の最低限のベースラインである。
- 自社の企業年金が何をしているかを把握する。 原則2.6はIRデスクから見れば縁遠く感じられるかもしれないが、機関投資家から最も試されやすい論点である。「御社の企業年金はスチュワードシップ・コードに署名しているか。資格を持った運用責任者は誰か」 ― この問いに答えられるIR担当は、そうでない担当より評価が上である。
- 対話指針をコードと一緒に読む。 これは金融庁が対話に期待する共通アジェンダであり、机上の参照カードに収まるほど短い。
出典・参考資料
- 金融庁 ― コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話指針の策定について(2018年3月): https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20180326.html
- 金融庁 ― 改訂コーポレートガバナンス・コード(2018年6月、PDF): https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20180326/01.pdf
- 金融庁 ― 投資家と企業の対話指針: https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/20180601/01.pdf
- 金融庁 ― スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議: https://www.fsa.go.jp/singi/follow-up/index.html
- 日本取引所グループ ― コーポレートガバナンス・コードへの上場会社の対応状況(2018年12月31日時点): https://www.jpx.co.jp/news/1020/20190221-01.html
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