要点 - 2021年改訂は2021年6月11日に確定し、翌2022年4月の市場区分再編(プライム・スタンダード・グロース)に合わせて施行された。 - プライム市場上場会社のみに課される義務として、独立社外取締役3分の1以上、TCFD(または同等の枠組み)に基づく気候関連開示、スキルマトリックス開示、重要書類の英文開示、電子議決権行使プラットフォームの利用が導入された。 - 規定の総数は2015年版の73項目から83項目(基本原則5+原則31+補充原則47)に拡大し、サステナビリティ、多様性、人的資本がComply-or-Explainの対象に組み込まれた。
背景にある2022年市場再編
2021年改訂は、2022年4月の市場区分再編を視野に入れなければ読み解けない。東証は従来の4区分 ― 1部、2部、マザーズ、JASDAQ ― を、プライム、スタンダード、グロースの3区分に置き換えた。プライムは、機関投資家とグローバルに対峙する最上位市場として位置づけられた。スタンダードは既存の中堅企業群を主に収容し、グロースはマザーズ・JASDAQの後継として新興企業の場となった。
コード改訂は、新区分に実質的な内容を与えるための政策レバーであった。プライム市場が単なるラベルではなく、スタンダード・グロースよりも明確に高いガバナンス水準を要求するComply-or-Explainレジームであることを、コード本文に直接書き込んだのが2021年改訂である。
5つの主要な変化
| 論点 | 2018年版 | 2021年版 |
|---|---|---|
| 取締役会の独立性 | 「必要と考える場合に」3分の1以上の独立社外取締役を選任。下限は2名。 | プライム市場上場会社は独立社外取締役を3分の1以上(必要と考える場合は過半数)選任すべき。スタンダード/グロースの下限は引き続き2名。さらに、他社での経営経験を有する独立社外取締役の選任が期待される。 |
| 取締役会のスキルマトリックス | 補充原則4.11.1は取締役会の多様性方針の開示を求めるにとどまり、スキルマトリックスへの言及はなかった。 | 補充原則4.11.1を全面改訂。「事業環境や事業特性に応じて、適切な形で(いわゆるスキルマトリックス等の形で)、各取締役の有するスキル等の組み合わせ」を、経営戦略に照らして開示することが求められた。 |
| サステナビリティ・気候 | サステナビリティへの言及は原則2.3で簡潔に触れる程度。気候関連開示の具体的期待事項はなかった。 | 補充原則3.1.3を新設。全社に対し、サステナビリティ、人的資本、知的財産投資に関する取組みの開示を求める。プライム市場上場会社は、TCFD提言または同等の国際的枠組みに基づく気候関連開示を充実させることが求められる。補充原則4.2.2は、取締役会自体が基本的なサステナビリティ方針を策定すべきことを定めた。 |
| 管理職層の多様性 | 原則2.4は「女性の活躍促進を含む多様性の確保」に触れていたが、測定可能な目標の要求はなかった。 | 原則2.4を強化 + 補充原則2.4.1を新設。会社は、女性・外国人・中途採用者の管理職への登用について、自主的かつ測定可能な目標を設定・開示することが求められる。あわせて人材育成方針・社内環境整備方針の開示も求められる。 |
| デジタル、グループ、プライム特則 | 電子議決権行使や英文開示への言及は限定的で、「ベストプラクティス」扱いだった。 | プライム市場特則として、(i) 重要書類の英文開示、(ii) ICJが運営する電子議決権行使プラットフォームの利用、(iii) デジタル・グループガバナンスに関する取締役会の監督強化が求められた。 |
コラム ― プライム市場限定義務の一覧
下表はプライム上場会社のみを拘束するコード条項である ― 「プライム」というラベルを正当化する規制上の取引である。
# プライム限定義務 コードの根拠 1 独立社外取締役を3分の1以上(必要な場合は過半数) 原則4.8 2 経営戦略に紐づいたスキルマトリックスの開示 補充原則4.11.1 3 TCFD整合(または同等の枠組み)に基づく気候関連開示 補充原則3.1.3 4 重要書類の英文開示 補充原則3.1.2 5 電子議決権行使プラットフォームの利用 補充原則1.2.4 6 他社での経営経験を有する独立社外取締役の選任が期待される 原則4.8(解説部分) 7 グループガバナンスの監督強化 原則4.8+補充原則4.8.3
プライム独立性の一節
「プライム市場上場会社は、独立社外取締役を少なくとも3分の1以上選任すべきである(機関設計に応じて、本則に従い、過半数の独立社外取締役を選任することが必要と考えるプライム市場上場会社は、十分な人数の独立社外取締役を選任すべきである)。」 ― コーポレートガバナンス・コード(2021年版)原則4.8
TCFD気候開示については、次のとおり。
「上場会社は、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また……気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。特に、プライム市場上場会社は、こうした開示を行うべきである。」 ― コーポレートガバナンス・コード(2021年版)補充原則3.1.3
TCFDへの言及は、2021年版コードで最も結果論的に重要な一文の一つである。これによりTCFD整合の気候関連開示はプライム市場上場会社の事実上のComply-or-Explain基準となり、有価証券報告書へのサステナビリティ開示の義務化(FY2023〜)、さらにはSSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準のFY2027以降の段階的適用へと続く土台が築かれた。
多様性の方程式
補充原則2.4.1は、日本の取締役会に今までになかった作業を求めた ― すなわち、女性、外国人、中途採用者の「管理職への登用」に関する測定可能な自主目標の公表である。目標の水準はコードが指定するわけではない。「測定可能で開示される」ことだけが要件である。
数字の背景を見ると、この原則の効き目が分かる。改訂時点(2021年3月期決算)で、3月決算の上場会社約2,220社における女性役員比率は約7.4%にすぎなかった。2023年6月の『女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太の方針)』で示された政府目標「2030年までに30%」とのギャップ ― それを埋める作業を補充原則2.4.1が担う。
ルールブックの拡大
2021年改訂で、原則が1本(原則3.1関連の小区分再編)、補充原則が9本追加された。コードは2015年の73項目から2021年の83項目(基本原則5+原則31+補充原則47)へと拡大した。IR担当の実務上のポイントは、CG報告書第II部のComply-or-Explain対応表もそれに応じて拡大し、一部の原則番号がずれた点である。最も注目すべき新設項目の一つは補充原則4.10.1(指名・報酬委員会の構成)で、独立性に関する具体的な期待が明示された。
2022年4月のプライム市場発足時に起きたこと
市場区分切替後の最初の計測 ― 2022年7月14日までに提出されたCG報告書を集計した東証の2022年8月フォローアップ・ブリーフ ― は、Comply-or-Explainの仕組みが動いている様子を示した。プライム上場1,839社のうち約13%(239社)は、発足時点で新たな上場維持基準のすべてを満たしておらず、「経過措置適用」の対象として2025年3月までの猶予を受けた(Theme 3.3で扱う)。プライム特則への遵守率は再編直前に急上昇したが、独立社外取締役の登用、気候関連開示の体制構築、英文IR機能の立ち上げに時間を要する企業群には、明示的に「説明」する余地が与えられた。
コラム ― 「Comply-or-Explain」は「Comply-or-後で-Comply」ではない 2021年改訂は、発行体側から「2022年4月までに整える期限が事実上設定された」と読まれることがあったが、それは誤読である。3分の1の独立性要件を満たしていないプライム上場会社が、その理由と具体的な見通しを示して説明していれば、コードへの対応としては完結している。議決権行使助言会社やスチュワードシップ責任を負う投資家との摩擦は、市場規律としては別途存在する現実の論点だが、上場契約上の地位は、不順守という事実そのものではなく、説明の質によって決まる。
IR実務への含意
- プライム限定リストに照らしてCG報告書を点検する。 プライム上場であれば、上の7項目は海外投資家と議決権行使助言会社が最初に読む7行である。それぞれに具体的で日付の入った、取締役会が所有する遵守ナラティブを書く。
- スキルマトリックスはチェックリストではなく戦略的開示である。 補充原則4.11.1は、スキルマトリックスを会社の経営戦略に紐づけることを期待している。「財務、法務、ガバナンス」を全取締役に並べただけで、戦略との紐づけ欄を欠くマトリックスは、フォローアップ会議が2023年の意見書『形式から実質へ』で批判した型そのものである。
- TCFDのパイプラインを今のうちに整える ― SSBJで法的拘束が来る前に。 コード、有価証券報告書、将来のSSBJ基準と、気候関連開示の責任は重層的に積み上がる。最も早期にスタートを切る補充原則3.1.3は、法的拘束力のある開示が始まる前に数年分の実務経験を蓄積できる入り口である。
- 多様性は「目標」を開示する。「努力する」ではない。 補充原則2.4.1は「自主的かつ測定可能な目標」を要求する。IR資料で「多様性の促進に努める」とだけ記すのは、実質的に不順守である。「FY2024時点9%の女性管理職比率を、FY2030までに20%に引き上げる」と書くのが順守である。
- 英文IRはコードレベルの期待事項。礼儀ではない。 2021年以降、プライム上場会社による重要書類の英文開示はComply-or-Explainの対象である。2025年4月の英文開示義務化(Theme 5.1で扱う)はこれをさらに強化するものだが、Comply-or-Explainの錨はそれ以前から打たれていた。
出典・参考資料
- 金融庁 ― コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話指針の改訂について(2021年4月公表+6月11日確定): https://www.fsa.go.jp/news/r2/singi/20210406.html
- 日本取引所グループ ― 「改訂コーポレートガバナンス・コード」の公表について(2021年6月11日): https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html
- 日本取引所グループ ― 改訂コーポレートガバナンス・コード(2021年6月、PDF): https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/b7gje6000005ob1l.pdf
- 金融庁 ― 2021年6月11日確定版の解説(PDF): https://www.fsa.go.jp/news/r2/singi/20210611/04.pdf
- 日本取引所グループ ― コーポレートガバナンス・コードへの上場会社の対応状況(2022年6月総会後): https://www.jpx.co.jp/news/1020/20220803-01.html
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