要点 - 国内の東証上場会社はすべて、所定の4部構成テンプレートにしたがってコーポレートガバナンス報告書(CG報告書)を提出する ― I. コーポレート・ガバナンスに関する基本的な考え方及び資本構成、企業属性その他の基本情報、II. 経営上の意思決定、執行及び監督に係る経営管理組織その他のコーポレート・ガバナンス体制の状況、III. 株主その他の利害関係者に関する施策の実施状況、IV. 内部統制システム等に関する事項。 - 同業他社、投資家対象、自社の報告書のいずれを精読する場合でも、実務上の読み順はI → III → II → IV。資本構成、IR姿勢、Comply-or-Explainナラティブ、内部統制 ― この順で読み進める。 - 報告書のうち最も読まれるのは第II部で、原則ごとのComply-or-Explainナラティブがここに収まる。レピュテーションリスクが住む場所もここである。

文書構造を1枚で

flowchart TB
    CG["コーポレートガバナンス報告書<br/>東証テンプレート(重要事項変更時に随時更新)"]
    S1["<b>第I部 ― 基本情報</b><br/>1. 基本的な考え方<br/>2. 資本構成<br/>3. 企業属性<br/>4. グループ経営に関する事項等"]
    S2["<b>第II部 ― 経営管理組織</b><br/>1. 取締役会、監査役会、各種委員会<br/>2. <b>原則ごとのComply-or-Explainナラティブ</b><br/>3. スキルマトリックス、プライム特則開示<br/>4. 役員報酬、関連当事者取引"]
    S3["<b>第III部 ― 株主・ステークホルダー</b><br/>1. IR活動、対話方針<br/>2. 株主総会運営、電子議決権行使<br/>3. 英文開示の状況<br/>4. サステナビリティ、ESG、サプライチェーン"]
    S4["<b>第IV部 ― 内部統制システム</b><br/>1. 内部統制(J-SOX)の基本方針<br/>2. 反社会的勢力排除方針<br/>3. その他重要事項"]
    CG --> S1
    CG --> S2
    CG --> S3
    CG --> S4

第I部 ― 基本情報

第I部は会社の輪郭を素描するパートである。通常は4〜6ページ程度で、4つのサブブロックに分かれる。

  1. コーポレート・ガバナンスに関する基本的な考え方 ― ガバナンス哲学を短く述べる宣言文。多くは定型的だが、業種特有の事情、支配株主の存在、特殊な状況への言及があれば目を通す価値がある。
  2. 資本構成 ― CG報告書の中で最も多く引用される部分。外国人株式保有比率大株主構成支配株主の有無(あれば氏名・名称も)、親会社の有無を記載する。流通株式比率もここに記される(Theme 3.2で扱う)。
  3. 企業属性 ― 市場区分(2022年4月以降はプライム/スタンダード/グロース)、決算期、機関設計(監査役会設置会社監査等委員会設置会社指名委員会等設置会社のいずれか)、業種分類。
  4. その他 ― グループガバナンスの仕組みなど、必要事項。

最初に確認するのは機関設計である。3つの形態(監査役会、監査等委員会、指名委員会等)はガバナンス上の意味合いがまったく異なる。監査役会設置会社では、監査役が法定の別組織として置かれる。監査等委員会設置会社では、監査機能が取締役会の中に取り込まれる。指名委員会等設置会社では、指名・監査・報酬の三委員会が法定の取締役会内委員会として設置される。コードの原則自体は3形態に同じく適用されるが、第II部のComply-or-Explainの論理は機関設計によって読まれ方が変わる。

コラム ― 外国人株式保有比率は炭鉱のカナリア IR担当はこの数字を諳んじていなければならない。海外投資家からのインバウンドコールで最も多く問われる指標であり、スチュワードシップ・対話の強度に最も大きな影響を与えるフィールドである。権威ある出典はCG報告書 ― IR資料ではない。

第II部 ― 経営管理組織(報告書の心臓部)

第II部は最も長く、最も読まれるパートである。原則ごとのComply-or-Explainナラティブの居場所であり、プライム特則開示(スキルマトリックス、気候、英文IRの状況)が現れる場所でもある。おおむね次の順で並ぶ。

  1. 取締役会の構成 ― 取締役の人数、独立社外取締役の人数、任期、略歴。近年はここにスキルマトリックスも収まる(2021年版コード補充原則4.11.1に基づき全社が開示。プライム上場会社は経営戦略に紐づけることが期待される)。
  2. 独立性判断 ― 会社独自の独立性判断基準と、各独立社外取締役がそれをどう満たすかの説明。東証の独立性基準は下限であり、コードは会社が独自のより厳しい基準を公表することを期待している。
  3. 任意の委員会 ― 指名委員会、報酬委員会、サステナビリティ・ESG委員会等の構成と役割。
  4. 監査体制 ― 監査役会/監査等委員会/監査委員会との関係、内部監査部門、会計監査人との関係。
  5. 役員報酬 ― 報酬の基本方針、固定/変動/株式報酬のミックス、個別額の決定プロセス。有価証券報告書の『役員報酬等』開示と紐づく部分である。
  6. Comply-or-Explainの一覧表CG報告書で最も重要なブロック。会社に適用される各原則・補充原則について、「順守」(裏付けナラティブ付き)か「説明」(順守しない理由)を記す。東証の『コーポレート・ガバナンス情報サービス』で、原則ごとに検索可能である。
  7. 関連当事者取引 ― 方針と監督プロセス。

「良い」Comply-or-Explainとは

同じ原則(補充原則4.11.1 ― 取締役会のスキルマトリックス)について、2つの典型例を比べてみる。

弱いComply(定型句)

「当社は補充原則4.11.1を順守しております。取締役会は、多様な背景・スキルを有する取締役で構成されております。」

強いComply(具体的・日付入り・戦略連動)

「当社は補充原則4.11.1を順守しております。2024年5月の取締役会で、8つのスキル領域(企業経営、財務・会計、M&A、技術、グローバルビジネス、法務・ガバナンス、サステナビリティ、人的資本)を、FY2025-2027中期経営計画の3つの戦略優先テーマに紐づけたスキルマトリックスを採択しました。マトリックスは指名委員会が、毎年の株主総会における取締役候補者選定に先立ち見直します。現行マトリックスは本報告書14ページに掲載しております。」

コードは長さを指定していないが、後者の中身 ― 具体的なカテゴリー、特定戦略文書への明示的なリンク、取締役会レベルの見直し頻度、根拠ページへの参照 ― は、フォローアップ会議の意見書『形式から実質へ』(2023年4月)が促そうとした記述様式の典型である。

次に、原則4.8(プライム上場会社の3分の1独立性)についての「説明」を2つ比べる。

弱いExplain

「当社は現在、独立社外取締役を3分の1以上選任しておりません。本件については今後検討してまいります。」

強いExplain

「当社はプライム市場上場会社であり、現在、独立社外取締役は10名中3名(30%)です。コードが期待する3分の1以上の独立性を踏まえ、指名委員会に対し、追加で1名の独立社外取締役候補者を特定するよう指示しております。目標選任時期は2026年6月の定時株主総会で、選任後の比率は36%となります。候補者選定の進捗は、四半期ごとに取締役会で報告されます。FY2026より本原則を順守する見通しです。」

強いExplainは、投資家向けコミュニケーションの観点では一般的なComply記述より優れていることが少なくない。投資家に日付、プロセス、測定可能な目標を提供しているからである。議決権行使助言会社や対話レターも、この記述様式を一貫して評価する。

第III部 ― 株主・ステークホルダー

第III部はIRチームのパートである。収まっているのは次の項目。

  1. IR活動の状況 ― 投資家説明会(頻度、対象、登壇者)、説明資料、問い合わせ窓口、IR方針、株主との対話方針、買収防衛策に関する開示。
  2. 株主総会運営 ― 電子議決権行使プラットフォーム(プライム上場会社は補充原則1.2.4のもとICJのプラットフォームを利用)、招集通知の発送時期、英文招集通知の有無、参加促進策。
  3. 英文開示の状況 ― 2025年4月の義務化(Theme 5.1)とプライム上場会社の補充原則3.1.2への対応にとって重要なフィールド。
  4. ステークホルダー・サステナビリティ施策 ― ステークホルダー協働の基本方針、サステナビリティ・ESG施策、サプライチェーンガバナンス、内部通報制度。

IR担当にとっては、第II部に次いで重要なパート。海外投資家や議決権行使助言会社が、IR哲学、株主総会のアクセシビリティ、英文開示について問う質問の答えの多くが、ここに機械可読の形で記載される。IR資料と第III部の記述が食い違っていれば、勝つのはCG報告書 ― 公式の開示文書だからである。

第IV部 ― 内部統制システム

第IV部は最も短い。記載されるのは次の3点。

  1. 会社法第362条第4項第6号に基づく内部統制の基本方針に関する取締役会の決議と、J-SOX整合の実装枠組み。
  2. 反社会的勢力排除方針 ― 法令および上場規則により、上場会社は組織犯罪集団との取引拒絶方針を明示することが求められる。
  3. その他、会社が重要と考える内部統制関連事項。

第IV部は最後にざっと目を通せばよい。例外は、最近に重要な不備や不祥事があった場合 ― そのときは投資家が再発防止策の枠組みを確認するためにじっくり読む。

コラム ― CG報告書はどこで見られるか すべてのCG報告書は東証のコーポレート・ガバナンス情報サービス ― https://www2.tse.or.jp/tseHpFront/CGK010010Action.do ― で、銘柄コード、社名、原則のいずれからも検索できる。会社のIRサイトにもPDFが置かれることが多いが、公式版は東証ポータルのものである。

15分での読み方

経過時間 作業
0〜3分 第I部 ― 基本方針、外国人株式保有比率、支配株主、機関設計、市場区分。
3〜6分 第III部 ― IR方針、英文開示の状況、株主総会運営。
6〜12分 第II部 ― 投資家層が注目しそうな原則について、Comply-or-Explainナラティブを精読する。1.4(政策保有株式)、4.8(独立性)、4.11.1(スキルマトリックス)、5.2(資本コスト)、2.4.1(多様性目標)、3.1.3(TCFD)。
12〜14分 第II部の続き ― 任意の委員会、役員報酬。
14〜15分 第IV部 ― 普通でない点がないかザッと確認。多くの場合は何もない。

資本構成、IR姿勢、Comply-or-Explain、内部統制 ― この順で読めば、20ページのセルサイド・イニシエーション・レポートを読むのと同程度の時間で全体像が掴める。

IR実務への含意

  1. 自社のCG報告書を四半期ごとに点検する。 これは対外的なガバナンスの顔である。年次サイクルではなく、取締役会構成の変更、新方針、新委員会、重要な対話・イベントがあれば、その都度更新する。
  2. 第II部の原則別ナラティブは、法的定型句ではなく、投資家向けコミュニケーションのつもりで書く。 文章は自社のものである。能動態で書き、戦略文書の名前を出し、日付と指標を入れ、根拠資料のページ番号にリンクする。
  3. スキルマトリックスとプライム特則開示は競争領域として扱う。 第II部の質を巡る同業他社ベンチマーキングは、スチュワードシップ投資家が最も簡単にできる比較作業である。優れたスキルマトリックスは、低コストで得られる評判資産である。
  4. IRデックとCG報告書の整合を取る。 両者間に数値・方針の不一致があれば、それは赤旗である。投資家はすぐに気づき、議決権行使助言会社は公式開示文書であるCG報告書を重く扱う。
  5. 東証の『コーポレート・ガバナンスに関する報告書記載要領』と『良い事例集』を活用する。 東証は実際の提出から選んだ良好実践の例をPDFで公開している。自社のCG報告書の質を上げるための単一の参照資料としては、最も使い勝手が良い。

出典・参考資料

  • 日本取引所グループ ― コーポレート・ガバナンスに関する報告書(テンプレート、記載要領、サンプル): https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/01.html
  • 日本取引所グループ ― コーポレートガバナンス報告書の好事例集(PDF): https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/b5b4pj0000036oc5.pdf
  • 日本取引所グループ ― コーポレート・ガバナンス情報サービス: https://www2.tse.or.jp/tseHpFront/CGK010010Action.do
  • 日本取引所グループ ― 東証上場会社 コーポレート・ガバナンス白書: https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/02.html

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