要約

  • 日本版スチュワードシップ・コードは、神作裕之氏を座長とする金融庁の有識者検討会が取りまとめ、2014年2月26日に確定した。当初は七つの原則で構成され、コンプライ・オア・エクスプレインで運用される。
  • 2017年改訂では、運用会社の経営陣の責任、アセットオーナーによる運用会社の監督、個別企業・議案ごとの議決権行使結果の公表などが強化された。
  • 2020年改訂ではサステナビリティの考慮、株式以外の資産への適用、サービス・プロバイダーを対象とする原則8が加わり、2025年改訂では協働対話の位置づけなどが明確になった。

二つのコードが担う役割

金融庁は、スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードを、ガバナンス改革の「車の両輪」と表現してきた。前者は機関投資家の行動を、後者は上場会社の行動を対象とする。企業が十分な情報を開示し、取締役会が実効的に監督していても、株主が形式的に議決権を行使するだけでは対話は深まらない。反対に、投資家が積極的に対話しても、企業側に説明責任を果たす仕組みがなければ改革は進みにくい。

日本版スチュワードシップ・コードは、コーポレートガバナンス・コードより約16か月早く確定した。まず投資家側に対話の責任を置き、その後、上場会社側に対応する原則を整えた順序にも意味がある。コーポレートガバナンス・コードについてはテーマ2.1で詳しく扱う。

2014年の策定

金融庁は2013年8月、「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」を設置した。座長は東京大学大学院法学政治学研究科の神作裕之教授で、運用会社、アセットオーナー、議決権行使助言会社、関係省庁、東証などから17名が参加した。

検討会は2013年8月から2014年2月までに6回開かれた。和文26件、英文19件のパブリックコメントを踏まえ、2014年2月26日にコードを確定した。

コードは、スチュワードシップ責任を次のように定義している。

「スチュワードシップ責任」とは、機関投資家が、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に加え、運用戦略に応じたサステナビリティの考慮に基づく建設的な「目的を持った対話」(対話)などを通じて、当該企業の企業価値の向上やその持続的成長を促すことにより、顧客・受益者(最終受益者を含む。以下同じ。)の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味する。

この定義で重要なのは、次の三点である。

  1. 目的は中長期的な投資リターンである。 短期的な株価変動や、個々の株主総会議案だけを扱う考え方ではない。
  2. 対話は任意の広報活動ではない。 投資先企業の企業価値と顧客・受益者の利益を高めるために、機関投資家が果たすべき責任として位置づけられている。
  3. 対話には企業と事業環境への深い理解が必要である。 一律の議決権行使基準を当てはめるだけでなく、企業ごとの戦略、資本配分、リスクを把握したうえで判断することを求めている。

当初の7原則

2014年版は、七つの原則と、それぞれを具体化する指針で構成された。

  1. 方針の公表 ―― スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、公表する。
  2. 利益相反の管理 ―― 管理すべき利益相反を特定し、その管理方針を公表する。
  3. 投資先企業の状況把握 ―― 持続的成長に向けた課題を的確に把握する。
  4. 目的を持った対話 ―― 投資先企業と認識を共有し、問題の改善に努める。
  5. 議決権行使方針と結果の公表 ―― 形式的な基準だけに頼らず、企業の持続的成長に資する判断を行う。
  6. 顧客・受益者への報告 ―― 議決権行使を含む活動内容を定期的に報告する。
  7. 能力と体制の整備 ―― 企業と事業環境を理解し、適切に判断するための知識、人材、組織を備える。

GPIFは2014年5月30日にコードの受入れを表明した。受入機関数は、2015年半ばの127、2016年12月の214、2020年5月の281を経て、2024年12月31日時点で333となった。

コラム ― コンプライ・オア・エクスプレインとは。 受入機関は、各原則を実施するか、実施しない場合にその理由を説明する。実施しないこと自体に直ちに制裁があるわけではないが、説明の妥当性は顧客、受益者、投資先企業、市場から評価される。画一的な規則ではなく、原則を守りながら各機関の運用方針や規模に応じた実施方法を認める仕組みである。

英国の制度から何を取り入れ、日本向けに何を変えたか

日本版の直接の参考となったのは、英国の2010年スチュワードシップ・コードである。七つの原則という基本構成は英国版を踏襲したが、所管や受入機関の公表方法などは日本の制度に合わせて設計された。

選択 英国スチュワードシップ・コード 日本スチュワードシップ・コード
所管 財務報告評議会(FRC、独立した規制当局) 金融庁(金融規制当局)
受入機関の格付け 段階別リスト(2020年以降:Tier 1 / Tier 2) 単一の公開リスト
議決権行使助言会社 ESMA水準の別手続で対応 2020年以降、コードの範囲内(原則8)
アセットオーナーの説明責任 言及はあるが中核ではない 2017年改訂以降、強調されている

金融庁が所管することで、コードは金融行政や運用会社の監督と連動しやすくなった。一方、受入機関を優劣で格付けせず、一つの公開リストに掲載する点には、日本の行政が採用してきた公表型の手法が表れている。

また、日本ではGPIFをはじめ多くのアセットオーナーが、実際の運用を外部の運用会社に委託している。そのため、アセットオーナーが委託先に何を期待し、どのように評価するかを明確にすることが、投資の連鎖全体を機能させるうえで重要となった。議決権行使助言会社などのサービス・プロバイダーをコードの対象に含めたのも、投資判断に影響する主体を連鎖の外に置かないためである。

策定後3回の改訂で何が変わったか

観点 2014年(当初版) 2017年(第一次改訂) 2020年(第二次改訂) 2025年(第三次改訂)
原則の数 7 7 8 8(指針改訂)
新設原則 ― ― 原則8:サービス・プロバイダー(議決権行使助言会社、年金コンサルタント) ―
議決権開示 総括ベースの開示を想定 個別企業・議案ごとの議決権行使結果の公表を促進 再確認・充実 再確認
サステナビリティ/ESG 明示なし 重要なESG要素への言及を追加 スチュワードシップ責任の定義に「サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)」を明示 2020年の位置づけを継承
対象資産クラス 日本上場株式 日本上場株式 債券など株式以外の資産にも適用可能であることを明示 2020年の範囲を継承
アセットオーナーの説明責任 言及あり 委託先に対する期待と監督を強化 さらに明確化 継続
協働対話 特段の明示なし 特段の明示なし 実務上の選択肢 有力な対話手法として位置づけを明確化
確定日 2014年2月26日 2017年5月29日 2020年3月24日 2025年6月26日
対応期限 ― 2017年11月末 2020年9月末 2025年末を目安

2017年改訂で何が変わったか

2017年改訂は、和文18件、英文11件の意見を踏まえ、2017年5月29日に確定した。

主な変更は三つある。

  1. 運用会社の経営陣の責任を明確にした。 スチュワードシップ活動を担当部門だけに任せず、経営陣が人材、組織、利益相反管理に責任を持つことを求めた。
  2. 議決権行使結果の公表を充実させた。 単なる賛否件数の集計ではなく、個別の投資先企業・議案ごとの結果を公表する方向を示した。
  3. アセットオーナーによる運用会社の監督を強めた。 委託先に求める活動を明確にし、その実施状況を評価することを求めた。GPIFはこの考え方を、運用受託機関の評価に反映した。

2020年改訂で何が変わったか

2020年3月24日の再改訂では、スチュワードシップ責任の定義に、運用戦略に応じたサステナビリティの考慮が明記された。ESGは付随的な対話テーマではなく、企業価値と投資リターンに影響する要素として、運用方針に応じて考慮すべき事項となった。

同時に、コードは日本の上場株式だけを念頭に置くものではなくなった。債券など他の資産を保有する機関投資家も、コードの目的に沿った活動が可能な場合には適用できることが示された。また、議決権行使助言会社や年金コンサルタントなど、投資の連鎖を支えるサービス・プロバイダーを対象とする原則8が新設された。

受入機関には、2020年9月末までに改訂内容に合わせて公表事項を更新することが期待された。金融庁は2017年版との変更点を示す見え消し版も公開している:https://www.fsa.go.jp/news/r1/singi/20200324/02.pdf

2025年改訂で何が変わったか

第三次改訂は2025年6月26日に確定した。中心となった論点の一つが、複数の機関投資家が共通の課題について連携して企業と対話する協働対話である。協働対話がスチュワードシップ責任を果たす有力な手段になり得ることを示しつつ、各投資家が自ら判断し、利益相反を管理する責任は変わらないことを確認した。

第三次改訂の詳細は、テーマ5.7で扱う。

「日本の上場企業の成長と競争力は、二つのコード ―― 機関投資家を規律するスチュワードシップ・コードと、上場企業を規律するコーポレートガバナンス・コード ―― が並行して機能することに依存する。両コードは、資本市場改革の車の両輪である。」 ― 金融庁『スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議』の継続的立場表明(意訳)

任意の受入れを実効的な規律に変える仕組み

コーポレートガバナンス・コードは東証の上場会社に適用される。一方、スチュワードシップ・コードの受入れは機関投資家の任意である。それでも広く定着したのは、次の仕組みが働いているためである。

  1. 受入機関一覧の公表。 金融庁はコードの受入れを表明した機関を公表する。一定規模の運用会社や年金基金が一覧にない場合、顧客や受益者から理由を問われる。
  2. アセットオーナーによる委託先評価。 GPIFなどのアセットオーナーは、運用会社の選定・評価にスチュワードシップ活動を組み込む。大口資金を受託するためには、コードの受入れだけでなく、実際の対話や議決権行使の質が問われる。
  3. 金融庁の継続的な検証。 フォローアップ会議やコード改訂の検討会が、利益相反、議決権行使、協働対話などの課題を取り上げ、期待水準を更新する。

法令による一律の義務ではなく、受入れの公表、顧客・受益者への説明、委託先評価、市場からの検証を組み合わせることで、原則主義の実効性を確保している。

IR担当が押さえるべき含意

  1. 主要株主がコードを受け入れているか確認する。 上位株主の受入状況、スチュワードシップ方針、重点対話事項を一覧にする。対話の優先順位や質問の背景を理解しやすくなる。
  2. 主要運用会社の活動報告と議決権行使結果を読む。 各社は、方針、活動報告、個別企業・議案ごとの行使結果を公表している。自社に対する判断や、同業他社との比較が表れる場合がある。
  3. 2020年改訂後のサステナビリティ対話に備える。 気候、人権、人的資本などが企業価値にどう影響するかを説明できるようにし、SSBJ基準を含む開示との整合を取る。
  4. 改訂年ごとの差を取締役会に説明する。 2014年版だけを前提にすると、2017年のアセットオーナー責任、2020年のサステナビリティと原則8、2025年の協働対話を見落とす。
  5. 金融庁の検討会資料を先行して読む。 改訂前の議論には、今後投資家から問われる論点が表れる。取締役会や経営会議への説明資料に、最新の検討状況を反映する。

出典・参考資料


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