要約

  • 戦後型の企業統治は、系列、メインバンク、株式持ち合い、社内出身者中心の取締役会、終身雇用という五つの仕組みに支えられていた。
  • 1988年のピーク時には、持ち合い株式が東証時価総額の50%超を占めたが、2017年には10%を下回った。銀行による株式保有も、同じ期間に20%超から5%未満へ低下した。
  • メインバンクの後退後、経営を継続的に監督する主体が見えにくくなった。この空白を埋める制度として、2014年以降の二つのコードとGPIFのスチュワードシップ活動が整備された。

戦後型ガバナンスを支えた五つの仕組み

1970~1980年代の日本企業では、五つの仕組みが互いを補いながら機能していた。個々の制度を別々に見るだけでは、当時の企業統治の全体像はつかみにくい。

  1. 系列 ―― 三菱、三井、住友、芙蓉、三和、第一勧銀などの水平的な企業集団と、完成品メーカーを頂点とする垂直的な取引網である。水平系列では都市銀行と総合商社が中心となり、製造業、保険会社、不動産会社などが結びついていた。
  2. メインバンク制度 ―― 主要な貸し手である銀行が株式も保有し、平時には経営を継続的に見守り、経営危機には再建に関与する仕組みである。青木昌彦は、この仕組みが日本企業の調整能力を支える制度として理論化した。
  3. 株式持ち合い ―― 取引関係や企業集団の内部で相互に株式を保有する仕組みである。安定株主を確保し、経営権の変動や未承諾買収を防ぐ役割を果たした。
  4. 社内出身者中心の取締役会と監査役制度 ―― 取締役会は20~40人規模になることも多く、その大半を社内で昇進した役員が占めた。法定の監督機関としては、取締役とは別に監査役・監査役会が置かれた。
  5. 終身雇用と年功賃金 ―― 会社を株主のためだけの組織ではなく、従業員が長期に所属する共同体として運営する土台となった。

1980年代の水平系列における持ち合い構造の模式図。矢印は株式保有の関係を示す。メインバンクは、株主、主要な貸し手、事実上の経営監視者という三つの役割を同時に担っていた。

この仕組みは何を実現し、誰を優先したのか

この企業統治は、株主利益の最大化よりも、企業を取り巻く関係者の長期的な調整を重視していた。企業集団の内部では情報を共有しやすく、メインバンクは経営悪化の早い段階で支援や再建に入ることができた。終身雇用は、従業員が一社で長く働くことを前提に、企業固有の技能へ投資する土台にもなった。

一方で、利益や余剰資金は、貸し手への安定した利払い、従業員の雇用と賃金、取引先との長期関係に優先的に配分された。株主への配当や自己資本に対する収益率は、その後に位置づけられた。その結果、ROEを高める圧力は弱く、経営陣が分散した一般株主から距離を置きやすい構造が生まれた。

コラム ― 監査役制度を一段落で。 監査役は取締役の職務執行を監査し、取締役会に出席し、株主に報告する法定機関である。ただし、取締役会の決議に加わることや、執行役員を任免すること、経営戦略を決定することはできない。実務では、元社内役員やメインバンク出身者が監査役に就く例も多かった。2001年の商法改正により、監査役の半数以上を社外監査役とすることや、任期を4年とすることが定められたが、取締役とは異なる権限構造は現在も続いている。

緩やかな解体、1990年から2014年

1989年末の株価ピーク後、五つの仕組みは一度に消えたのではなく、三つの流れを通じて徐々に弱まった。

第一波 ― 銀行の資本悪化(1990~2003年)。 地価と株価の下落により、銀行は不良債権処理と自己資本の立て直しを迫られた。保有株式の売却も進み、系列内企業間の相互保有は1981年の約25%から1999年には約20%へ低下した。上場株式に占める銀行の保有比率も、1980年代の20%超から2014年には5%未満となった。銀行が株主として持っていた影響力と、経営を監督する余力が同時に弱まったのである。

第二波 ― 会計・法制度の改革(1997~2008年)。 2001年度から持ち合い株式に時価評価が導入され、保有に伴う価格変動リスクが財務諸表に表れやすくなった。2001年の商法改正は監査役制度を強化し、2002年改正(2003年4月施行)は、指名・監査・報酬の各委員会を置く「委員会等設置会社」を選択できるようにした。ただし普及は緩やかで、2016年末でも約3,800社の上場会社のうち導入企業は約70社にとどまった。金融商品取引法に基づく内部統制報告制度、いわゆるJ-SOXは、2008年4月1日以後に開始する事業年度から適用された。

第三波 ― 外国人投資家の増加(2003~2014年)。 東証上場株式に占める外国人の保有比率は、1980年代の低い水準から2014年には約30%まで上昇した。銀行が株式を手放す一方で、外国人投資家は議決権を行使し、株主総会に参加し、収益性や取締役会の独立性を問うようになった。持ち合い株式の比率が東証全体の10%を下回ったのは2017年である。

数字を並べると、変化の方向が分かる。

指標 1988年ピーク 2014年(スチュワードシップ・コード前)
持ち合い比率(東証時価総額対比) 50%超 約15%(かつ低下中)
上場株式に占める銀行保有比率 20%超 5%未満
東証上場株式の外国人保有比率 僅少 約30%
TOPIX500のうち独立社外取締役を一人以上有する企業 n/a 約22%
「資本コストを意識している」上場企業 n/a 約40%
資本コストを開示する上場企業 n/a 10%未満

監視機能の空白

問題は、旧来の仕組みが弱まった後、その役割をすぐに引き継ぐ主体が現れなかったことにある。メインバンクは株式保有を減らし、経営への関与も後退した。ところが、独立社外取締役はまだ少なく、2013年時点でTOPIX500企業のうち一人以上を選任していた会社は約22%にすぎなかった。国内機関投資家は株式を保有していても、投資先企業との対話を積極的に行う慣行が十分に育っていなかった。外国人投資家は対話を求めたが、日本国内でその役割を支える制度は整っていなかった。

伊藤レポートは、当時のCEOの典型的な在任期間を4~6年とし、業績よりも年功によって交代時期が決まりやすい点を問題視した。社内出身者中心の取締役会、取締役の選解任権を持たない監査役、安定株主が多い株主構成のもとでは、重大な不祥事などを除き、業績を理由に経営トップを交代させる仕組みが働きにくかった。

「日本のコーポレートガバナンスは、2010年代初頭まで、監視機能をある機関 ―― メインバンク ―― が担っていた体系であった。だがその機関は既にその役割からほぼ撤退しており、他のいかなるアクターも代替を授権されていなかった。」 ― Curtis Milhaupt, On the (Fleeting) Existence of the Main Bank System and Other Japanese Economic Institutions(コロンビア大学ロースクール)を意訳

2013年以降の改革は、この空白を埋めるための制度整備として捉えられる。2014年のスチュワードシップ・コードは、機関投資家に投資先企業との建設的な対話を求めた。2015年のコーポレートガバナンス・コードは、上場会社の取締役会に独立社外取締役の選任を求めた。伊藤レポートは、資本コストと資本効率を議論する共通言語を示した。そしてGPIFは、運用受託機関を通じてこれらの考え方を実務に広げる役割を担った。

メインバンクからGPIFへ

経営監督の担い手は、メインバンクから直ちに機関投資家へ移ったわけではない。その間には、約15年にわたる空白があった。

メインバンク(1950年代~1990年代)。 銀行は主要な貸し手であると同時に、投資先企業の株式を3~5%程度保有し、経営陣と定期的に面談した。法的な拒否権はなくても、融資、株式保有、企業集団内での地位を通じて、重要な経営判断に大きな影響を及ぼした。

空白期(1990~2014年)。 銀行は保有株式と融資を減らし、不良債権先への長期関与よりも回収と撤退を優先するようになった。独立社外取締役の選任はまだ広がらず、国内機関投資家による対話も限定的だった。外国人投資家は海外のカストディアンを通じて議決権を行使したが、日本企業への継続的な働きかけを支える国内制度は十分ではなかった。

GPIFと運用受託機関(2014年~現在)。 GPIFは2014年5月30日に日本版スチュワードシップ・コードの受入れを表明した。水野弘道氏は2015年1月にCIOに就任し、2020年3月まで務めた。GPIFは国内株式を外部の運用会社に委託しているため、企業への働きかけは運用受託機関を通じて行われる。GPIFが受託機関のスチュワードシップ活動を評価する仕組みは、運用業界全体の対話と議決権行使を変える強い誘因となった。2024年までにGPIFの運用資産は240兆円を超え、2014年以降の増加額は109兆円に達した。

1980年代のメインバンクと、2020年代の機関投資家は、組織も権限も大きく異なる。それでも、経営陣の外側から「預かった資本を十分に生かしているか」と問い続ける点では、共通する役割を担っている。

今も残る三つの構造

改革前の仕組みは完全に消えたわけではない。2026年のIR実務にも、次の三つが影響している。

  1. 持ち合い株式が残っている。 市場全体では縮小したが、保険会社、メガバンク、商社などには政策保有株式がなお集中している。2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂は、個別銘柄ごとの保有の適否を検証し、その内容を開示することを求めている。
  2. 監査役会設置会社が多数を占める。 2024年時点でも、上場会社の過半数は監査等委員会設置会社や指名委員会等設置会社ではなく、監査役会設置会社である。外国人投資家との対話では、監査役と取締役の権限の違いや、現在の機関設計を選んだ理由を説明する必要がある。
  3. 社内昇進と年功を重視する慣行が続いている。 終身雇用そのものは変化しているが、取締役候補を社内から選ぶ傾向はなお強い。社外取締役候補の裾野も十分に広いとはいえず、異業種間で経営人材が移る例は限られている。

これらの論点は、政策保有株式、上場子会社、取締役会の多様性を扱うテーマ4・5でも改めて取り上げる。

IR担当が押さえるべき含意

  1. 株主構成を長期の変化の中で見る。 国内金融機関や取引先企業の保有比率が高い場合は、その保有が政策保有株式に当たるか、売却時に流通株式比率へどう影響するかまで確認する。
  2. 経営監督の実績を説明できるようにする。 業績や戦略上の理由で経営陣を交代させた事例、取締役会が重要案件を修正・否決した事例、独立社外取締役が果たした役割を整理しておく。
  3. 監査役制度を英語で正確に説明する。 正式名称は「Audit & Supervisory Board」であり、監査役は取締役会決議の議決権を持たない。この違いを一文で説明できるようにする。
  4. 政策保有株式は銘柄ごとに説明する。 「取引関係の維持」だけでは足りない。保有による便益、リスク、資本コストとの比較、縮減方針を具体的に示す。
  5. 外国人保有比率の推移を追う。 外国人保有比率が上がれば、資本効率、取締役会の独立性、政策保有株式など、対話で問われる論点も変わる。単年度の数字ではなく、長期推移で管理する。

出典・参考資料


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