要点
- 新市場への移行時、通常の上場維持基準を満たさない会社でも、「上場維持基準の適合に向けた計画」を開示すれば、経過措置として緩和基準の適用を受けられた。
- 東証は2023年1月30日、経過措置を終了し、2025年3月1日以後に到来する基準日から本来の上場維持基準を適用すると決めた。
- 基準未達となった会社には、原則1年、売買高基準は6か月の改善期間が与えられる。期間内に適合しなければ、監理銘柄・整理銘柄に原則約6か月指定された後、上場廃止となる。
経過措置は何のために設けられたのか
2022年4月の市場再編では、既存上場会社がプライム、スタンダード、グロースのいずれへ移るかを主体的に選択した。ただし、移行時点で選択先の通常の上場維持基準を満たしていない会社もあった。
そこで東証は、会社が次の二つを行う場合に限り、緩和された基準を適用する経過措置を設けた。
- 上場維持基準の適合に向けた計画を開示すること
- その後も進捗状況を継続的に開示すること
たとえばプライム市場では、本来、流通株式時価総額100億円以上、流通株式比率35%以上などが必要である。経過措置中は、流通株式時価総額10億円以上、流通株式比率5%以上など、緩和された基準が用いられた。
移行を円滑にするという意味では合理的な仕組みだった。一方、当初は終了時期が「当分の間」とされていたため、通常基準を満たす会社と、計画書を提出して緩和基準の適用を受ける会社が、外からは同じ市場区分に見えた。これでは市場区分の違いが実質化しないとの批判が生じた。
経過措置の終了が決まるまで
東証は2022年7月、市場区分の見直しに関するフォローアップ会議を設置した。新市場の実効性、企業価値向上への動機付け、経過措置の扱いなどを継続的に検討するためである。
同年秋の意見募集を経て、東証は2023年1月30日に対応方針を公表した。要点は次のとおりである。
- 経過措置の適用を終了する
- 2025年3月1日以後に到来する上場維持基準の判定基準日から、本来の基準を適用する
- 未達会社には、通常の上場会社と同じ改善期間制度を適用する
- 2023年3月31日時点で、2026年3月1日以後に期限が到来する計画をすでに開示していた会社には、一定の特例を設ける
多くの3月期決算会社にとって、最初の判定基準日は2025年3月31日となった。ただし、判定日は会社の決算期や株主等基準日により異なる。IR担当者は「2025年3月に一斉判定された」と理解するのではなく、自社の基準日がいつかを確認する必要がある。
2025年3月以後の基本手続
本来の上場維持基準に適合しない状態となった場合、手続はおおむね次の順に進む。
flowchart TD
A["各社の基準日で<br/>上場維持基準を判定"] --> B{"すべての基準に適合?"}
B -->|"はい"| C["上場を継続"]
B -->|"いいえ"| D["改善期間へ<br/>原則1年<br/>売買高基準は6か月"]
D --> E["3か月以内を目安に<br/>適合に向けた取組と<br/>実施時期を開示"]
E --> F{"改善期間内に適合?"}
F -->|"はい"| G["上場を継続"]
F -->|"いいえ"| H["監理銘柄・整理銘柄<br/>原則約6か月"]
H --> I["上場廃止"]
classDef pass fill:#e6efe1,stroke:#3d6b3a,color:#1f3a1d
classDef warn fill:#f9eecc,stroke:#a07e3a,color:#3a2d10
classDef fail fill:#f4d5d0,stroke:#8a3f3a,color:#3a1614
class C,G pass
class D,E,H warn
class I fail
1. 基準日で判定
株主数、流通株式数、流通株式時価総額、流通株式比率などは、原則として事業年度末の状況で年1回判定される。事業年度末と大株主の状況を記載する基準日が異なる会社では、その株主等基準日が用いられる場合がある。
2. 改善期間
基準未達となった会社は、原則として1年間の改善期間に入る。売買高基準は6か月間である。会社は基準未達の公表後、適合に向けた取組と実施時期を記載した計画を開示する必要がある。
改善期間は、単に計画を出せば延長される仕組みではない。期間内に実際に基準へ適合することが必要である。
3. 監理・整理銘柄への指定と上場廃止
改善期間の末日に基準を満たしていなければ、確認手続のため監理銘柄に指定される場合がある。その後、上場廃止が決定すれば整理銘柄となり、原則として約6か月の売買期間を経て上場廃止となる。
基準の種類によっては、改善期間末日に適否を直ちに判定できるため、監理銘柄(確認中)の指定を経ない場合もある。したがって、すべての会社が同じ日程で「監理6か月」に入るわけではない。
例外と経過的な扱い
制度には、限られた例外がある。
超過計画開示会社
2023年3月31日時点で、2026年3月1日以後最初に到来する基準日を超える期限の適合計画を開示していた会社は、超過計画開示会社として扱われる。その会社は、開示済みの計画期限における適合状況が確認されるまで、監理銘柄指定を継続する。
事業再生支援に伴う流通株式比率の特例
第三者が事業再生を支援するため一定の株式を保有し、5年以内に流通株式比率の基準へ適合する見込みがあると東証が認めた場合、流通株式比率について通常より長い改善期間が認められることがある。
これらは、会社の希望に応じて自由に期限を延ばす制度ではない。上場規則に定められた条件を満たし、東証の確認を受ける必要がある。
会社が取り得る四つの選択肢
通常基準への適合が難しい会社には、大きく四つの選択肢がある。
1. 現在の市場区分で基準を満たす
流通株式の売出し、政策保有株式の市場売却、自己株式の消却、業績改善による株価・時価総額の引き上げ、投資家層の拡大などを通じて、改善期間内の適合を目指す。
ここでも施策と基準の対応関係が重要である。たとえば、株式併合は通常、流通株式比率を変えない。自己株式取得も、消却しなければ比率改善につながらない場合がある。3.2で確認した算式に照らして施策を選ぶ必要がある。
2. 別の市場区分へ変更する
プライム基準への適合が難しくても、スタンダード基準を満たせる会社は、スタンダードへの変更を申請できる。ただし、現在の市場で基準を外れたからといって、自動的に下位市場へ移るわけではない。原則として、変更先の新規上場基準と同等の審査を受ける。
2023年には、旧市場第一部からプライムへ移行した会社を対象に、スタンダード市場を再選択できる一回限りの制度が設けられた。この特例はすでに終了しており、現在は通常の市場区分変更手続が基本である。
3. 非公開化・他社との統合を選ぶ
上場維持の費用と便益を比較し、MBO、親会社や事業会社によるTOB、他社との統合を選ぶ会社もある。もっとも、上場維持基準の未達と個々のM&Aの因果関係は案件ごとに異なる。基準未達会社の非公開化を、すべて制度の直接効果とみなすべきではない。
4. 改善期間を使って適合を目指す
期限までに施策を完了できない場合は、改善期間内の達成計画を開示し、その進捗を市場に説明する。計画には、基準ごとの現状値、必要な改善幅、施策、実施時期、主要なリスクを具体的に示す必要がある。
「上場している」から「基準を維持している」へ
経過措置の終了によって、上場市場は一度取得すれば維持できる資格ではなくなった。会社は毎年、現在の株主構成、流動性、時価総額、純資産などが市場の基準に適合しているかを確認しなければならない。
この変化には三つの意味がある。
第一に、IRと財務の仕事がつながる。 流通株式時価総額は株価と流通株式数、流通株式比率は株主構成、売買代金は市場での取引状況に左右される。いずれもIRだけ、財務だけでは管理できない。
第二に、市場区分変更が経営上の選択肢になる。 プライムを維持すること自体を目的にするのではなく、対象とする投資家、開示体制、上場コスト、資本政策との整合を考えて市場を選ぶ必要がある。
第三に、計画の質が問われる。 基準未達を隠すことはできない。会社は、どの数値を、いつまでに、どの施策で改善するのかを明確にし、進捗を更新する必要がある。
IR担当者への示唆
- 自社の判定基準日を確認する。 「2025年3月1日」が自社の判定日ではない。そこから後に最初に到来する事業年度末等が基準になる。
- 各基準の余裕を数値で管理する。 現在値だけでなく、株価下落、主要株主の異動、自己株式取得などを反映した感応度を月次または四半期で試算する。
- 未達時の計画を事前に用意する。 改善期間に入ってから施策を考えるのでは遅い。売出し、消却、市場区分変更などに必要な取締役会・株主総会・審査の時間を逆算する。
- 市場区分変更を「格下げ」とだけ表現しない。 投資家層、開示負担、流動性、資本政策との整合を説明できれば、合理的な市場選択として伝えられる。
- 最新の一覧を確認する。 改善期間該当銘柄、超過計画開示会社、監理・整理銘柄はJPXのウェブサイトで更新される。固定した社数を資料に残すより、最新一覧へリンクする方が実務的である。
出典・参考資料
- 日本取引所グループ「上場維持基準に関する経過措置の終了」: https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/04.html
- 日本取引所グループ「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の論点整理及び東証の今後の対応について」(2023年1月30日): https://www.jpx.co.jp/news/1020/20230130-01.html
- 日本取引所グループ「改善期間該当銘柄等一覧」: https://www.jpx.co.jp/listing/market-alerts/improvement-period/
- 日本取引所グループ「上場廃止基準の概要」: https://www.jpx.co.jp/equities/listing/delisting/outline/01.html
- 日本取引所グループ「流通株式―上場維持基準の詳細」: https://www.jpx.co.jp/equities/listing/continue/details/02.html
- 日本取引所グループ「市場区分の変更銘柄一覧」: https://www.jpx.co.jp/listing/stocks/transfers/
- 日本取引所グループ「市場区分の見直しに関するフォローアップ」: https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/
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