2025年3月の崖 ― 経過措置の終了と改善期間

要点 - 2022年4月の発足時、プライム市場の約16%(約295社)、スタンダードの14%、グロースの10%が「当分の間」適用される経過措置 ― 終期未定の緩和基準 ― のもとで上場を維持した。 - 2023年1月30日、ラベルの貼り替えにすぎないとの批判を受け、東証は経過措置の終了を発表した。2025年3月1日以降の基準日から通常の上場維持基準が適用される。 - 2025年3月以降の最初の基準日で未達となった企業は、1年間の「改善期間」(売買高基準の未達は6か月)に入り、その後6か月の上場廃止猶予期間(監理銘柄)を経て上場廃止となる。改善期間は第二の経過措置ではない。最終ランウェイである。


「経過措置」が実際に意味したもの

2022年4月の市場再編は、本来であれば約500社のプライムを生むはずだった ― 流通株式時価総額100億円基準と流通株式比率35%基準を踏まえれば、海外投資家の多くがそう想定していた。だが現実には1,839社が選ばれた。約1,300社という乖離の正体は2つのグループで構成されていた。プライム基準を余裕で満たした企業と、議論を呼んだ「経過措置」適用企業である。

経過措置のメカニズムはこうだった。基準日時点で東証一部、二部、マザーズ、JASDAQに上場していた会社は、新区分のうち希望する区分を自主的に選択できる。選んだ区分の通常の上場維持基準を満たしていない場合でも、「上場維持基準の適合に向けた計画書」を提出すれば、当該区分への上場を継続できた。この計画書が有効である間、会社は通常の基準ではなく緩和された経過措置基準に基づき判定される。

当初のフレーミングは明示的だった。経過措置は「当分の間」適用される ― 日本の法令上、「終わりを定めず、追って通知するまで」とほぼ同義の表現である。終期は設定されず、自動的なトリガーも定められなかった。外形上、経過措置適用企業のプライム・ラベルは、通常基準を完全に充足した企業のものと区別がつかなかった。

発足時の数字を整理すると以下となる。

  • プライム市場:1,839社のうち約295社(16%)が経過措置のもとで上場。コメンタリーでよく引用される「239社」は、発足初日に新ルールを満たしていない旨が明示された企業群で、約13%に相当する。
  • スタンダード市場:約14%が経過措置のもとで上場。
  • グロース市場:約10%が経過措置のもとで上場。

この群のプライム上場会社の典型的な未達項目は、流通株式時価総額(100億円基準を割る)または流通株式比率(35%基準を割る)である。いずれも業績ではなく構造に起因する基準であり、対処には資本構成や株主構成の変更が必要 ― 営業活動の改善では解決しない。

なぜ当初の設計は維持不能だったのか

2022年の発足は即座に信頼性問題を生んだ。2022年1月の日経は1,839社のプライムを「ほぼ東証一部と変わらない」と評した。海外投資家は、JPXが「グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた経営を行う企業向け」と説明した文言を信じてプライムを期待していた。それが基準未達の企業を含み、しかも基準達成までの確定的なタイムラインを伴っていないことを「説明違反」と受け止めた。

この批判が、2022年中に3つの東証側の対応を引き出した。

  1. 2022年7月 ― フォローアップ会議の設置。東証は「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」を発足させ、区分基準の実効性確保を任務とした。同月から議論が始まった。

  2. 2022年9月30日~10月31日 ― パブリック・コメント。提案内容は、「当分の間」のフレーミングを撤回し、経過措置の終期を明確に設定し、通常基準未達企業に1年間の改善期間を設けるというもの。

  3. 2023年1月30日 ― 最終ルール。東証は改正上場規程を公表し、経過措置を打ち切った。通常の上場維持基準は2025年3月1日以降の基準日から適用される。「当分の間」というフレーミングは、確定的な期限に置き換えられた。

この2023年1月30日の発表で見落とせない構造的選択が3つある。第一に、崖は会計年度末ではなく特定の暦日 ― 2025年3月1日以降の基準日 ― に置かれた。3月決算が主流の日本では、最初に該当する基準日は2025年3月31日となる。第二に、改善期間の概念は旧来の経過措置と手続的に異なる。「計画書を提出する間は無期限に上場を維持できる」ではなく、「1年(または6か月)以内に基準をクリアせねばならず、達成できなければ上場廃止猶予期間に入る」というものだ。第三に、ルールは3区分すべてに同じ手続で適用される(各区分はそれぞれの基準を持つ)。

2025年3月以降の意思決定ロジック

下のフローチャートは、経過措置適用企業が2025年3月以降に取りうる4つの実務的経路を示す。

flowchart TD
    A["経過措置適用会社<br/>(2024年末)"] --> B{"戦略レビュー:<br/>2025年3月以降の<br/>基準日までに<br/>通常のプライム基準を<br/>達成できるか?"}
    B -->|"はい ― 自己株式取得、<br/>株式併合、<br/>売出しで対応"| C["基準日でクリア"]
    C --> D["**プライム維持**<br/>通常基準"]

    B -->|"いいえ ― だが<br/>スタンダード基準は達成可能"| E["**自発的な区分変更**<br/>スタンダードまたは<br/>グロースへ移行<br/>(東証の手続に従う)"]
    E --> F["**自主格下げ**<br/>スタンダード/グロース上場"]

    B -->|"いいえ ― 上場維持が<br/>合わない"| G["**TOB/MBO/<br/>スポンサー主導の非公開化**"]
    G --> H["**上場廃止・非公開**"]

    B -->|"いいえ ― 1年以内に<br/>是正を試みる"| I["2025年3月以降の<br/>最初の基準日で未達"]
    I --> J["**改善期間**<br/>1年(売買高未達は<br/>6か月)"]
    J --> K{"改善期間内に<br/>基準達成?"}
    K -->|"はい"| L["上場維持"]
    K -->|"いいえ"| M["**監理銘柄(維持)**<br/>約6か月の<br/>上場廃止猶予"]
    M --> N["**上場廃止**"]

    classDef pass fill:#e6efe1,stroke:#3d6b3a,color:#1f3a1d
    classDef warn fill:#f9eecc,stroke:#a07e3a,color:#3a2d10
    classDef fail fill:#f4d5d0,stroke:#8a3f3a,color:#3a1614
    classDef decision fill:#f4f1ea,stroke:#7a6d4a,color:#3a3320
    class D,L pass
    class F warn
    class H,N fail
    class B,K decision

4つの経路の要約は以下のとおり。

  • (a)基準日でクリアする。これが「勝ち」のパスである。会社は構造的な作業 ― 自己株式取得、株式併合、政策保有先からの売却、売出し、増資 ― を最初の基準日までに完了させ、通常基準で測定された時点でクリアする。
  • (b)自発的な区分変更。プライムからスタンダード、あるいはスタンダードからグロースへの自主的な変更を、期限前に申請する。手続的には通常の区分変更申請として扱われ、上場廃止事由ではない。資本配分の戦略的選択として開示すれば、評判コストは最小に抑えられる。
  • (c)TOB/MBO/非公開化。上場制約が上場便益を上回ると判断した会社にとっては、創業家主導のMBO(PEファイナンス付きの場合もある)や戦略買収者によるTOBが出口となる。2024~2025年のM&Aカレンダーはこのパターンに支配されてきた。
  • (d)改善期間。2025年3月以降の基準日で未達となるが、1年以内(売買高は6か月以内)の是正を目指す。失敗すると監理銘柄(維持)に指定され、6か月の上場廃止猶予期間を経て上場廃止となる。

改善期間は手続上の革新であり、詳細を理解しておく価値がある。

改善期間 ― 実際の運用

2025年3月以降の制度は基準日測定で動く。上場維持基準について、東証は各社の指定基準日(通常は事業年度末日)で測定する。1つでも基準が未達であれば、東証は会社に通知し、1年間の改善期間が開始する。

主な特徴は以下のとおり。

  • 標準期間は1年。基準日判定から12か月で適合を示さねばならない。
  • 売買高基準の未達は6か月。売買高基準は日次平均で計算されるため、測定窓も短い。
  • 未達タイプごとに1回限り。ある基準をクリアし、次の測定で別の基準を落とすことで、改善期間を連鎖的に延長することはできない。
  • 期間終了時の未達は監理銘柄(維持)に指定。指定後、約6か月の上場廃止猶予期間を経て上場廃止となる。
  • 裁量的な延長なし。改善期間は手続的なものであり、東証が個別会社に対して免除や延長を行うことはできない。

最後の点が重要である。改善期間は「当分の間」体制ではない。1年と定められた確定的なランウェイであり、その後はルールが自動的に作動する。各社は規制当局の温情を当てにすることはできない。

2025年 ― 上場廃止記録の年

2024年末時点で、プライム上場の経過措置適用会社は66社まで減少していた(発足時の約295社から。2022~2024年の自助努力による有意な減少だが、構造的な未達が残る企業も依然として存在)。3区分全体では、期限の接近を捉えて日経アジア版が「東証の選別期、200社超が崖縁に立つ」と報じた。

その結果、2025年下半期には以下が同時並行的に進んだ。

  • 強制的な区分変更 ― プライム基準を満たせず、スタンダードに移行(自発的または非自発的)。
  • MBO主導の上場廃止 ― 特にアクティビストに狙われた中小型プライム会社で、プライム上場維持よりも非公開化を選んだ事例。
  • 統合取引 ― 基準未達の2社を1社に統合し、確実に基準を超えさせる戦略的合併・公開買付。
  • 株式併合・自己株式取得の活発化 ― 発行済株式数を減らすことで流通株式時価総額および比率を引き上げる動き。

2025年6月時点で、プライム市場の社数は約1,624社まで減少する見込みとなった。発足時の1,839社から約215社、39か月で約12%の減少である。ジャパンタイムズは2025年12月、2025年が東証における上場廃止社数の過去最多を更新する見通しと報じた。

ここに至って、区分ラベルがようやく意味を持ち始めた。2026年末までに、プライム市場の構成は前身の東証一部とは実質的に異なる姿になると見られている。名称ではなく構成においてである。

改善期間制度が2025年以降に持つ意味

「当分の間」から「改善期間」への手続的転換は、2022年経過措置の一回限りの片付けではない。東証が継続的な上場維持の執行モデルとして採用したものである。今後は、プライム、スタンダード、グロースのいずれであっても、上場維持基準のいかなる未達も同じ手続を引き起こす ― 改善期間 → 監理銘柄(維持)指定 → 上場廃止。

含意は3つある。

第一に、上場維持は一度限りの資格取得ではなく、継続的な点検活動となった。IRと財務部門は、基準日測定が年次で行われることを前提に、基準ぎりぎりの項目については四半期またはそれ以上の頻度で内部点検を行うべきである。

第二に、制度は意図的に非対称的である。プライム上場の入口は2022年に緩く設定されたが、出口の手続は厳格に整備されている。JPXは「入れるルール、出すルール」を制度化した。

第三に、改善期間は他のTSE継続改善プログラムのテンプレートとなった ― 資本コスト開示企業リスト、英文開示の段階的義務化なども同じ枠組みである。パターンは:期待表明 → 公的奨励を伴う猶予期間 → 確定期限 → 手続的帰結。テーマ4および5は、いずれもこのテンプレート上に乗っている。

IR担当者への示唆

  1. 基準日とヘッドルームを把握せよ。最初の業務的タスクは、自社の2025年3月以降の最初の基準日(通常は事業年度末日)を特定し、各上場維持基準のヘッドルームを計算することだ。月次または四半期次の内部ダッシュボードを作成すべきである。

  2. 改善期間は交渉の余地がない。改善期間に入った場合、与えられるのは1年(売買高は6か月)。期限前にコーポレート・アクション ― 自己株式取得、売出し、株式併合 ― を計画する。規制当局の温情はない。

  3. 自発的な区分変更は十分にあり得る選択。スタンダード上場はスティグマではない。プライムからスタンダードに移行した企業は、資本配分の合理性を伴って説明した場合、市場から良好に受け入れられている。敗北ではなく戦略的判断として位置づけよ。

  4. MBO・非公開化は信用ある出口になった。2024~2025年のディール・フローは、創業家主導のMBOを上場維持の代替肢として常態化させた。プライム基準で構造的に厳しい会社は、取締役会の戦略代替肢レビューに非公開化分析を含めるべきである。

  5. 開示のトーンが変わった。投資家はもはや上場維持を静的事実とは見なさない。流通株式比率の推移、政策保有先の売却計画、基準日のヘッドルームについて、1on1のたびに、決算説明会のたびに質問が飛ぶことを想定すべきである。

出典・参考資料

  • JPX「上場維持基準に関する経過措置の取扱いについて」 https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/04.html
  • JPX「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議の論点整理及び東証の今後の対応について」(2023年1月30日) https://www.jpx.co.jp/news/1020/20230130-01.html
  • JPX「経過措置の適用を受けている銘柄の状況」 https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/index.html
  • JPX「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」 https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/follow-up/index.html
  • 長島・大野・常松法律事務所「東証市場再編 ― 上場維持基準の経過措置は2025年3月で終了」 https://www.noandt.com/publications/publication20230209-2/
  • 日経アジア「東証再編、200社超が崖縁に」
  • ジャパンタイムズ「東証改革4年目、上場会社が直面する選択」(2025年9月25日)
  • ジャパンタイムズ「東証2025年の上場廃止数、過去最多更新へ」(2025年12月30日)

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